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I-41 自分の栄光を人に分けないこと(L’homme n’est pas porté à abandonner à d’autres la gloire qu’il a acquise.)

『エセー』全107章を1章1ページで読む読書棚の41冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版(1595年版テクスト)。引用はあーしの直訳で、原文(現代語版)を併記する。語を根拠にしたところは、対訳ページの1595年版の列で元の語を確かめている。ボルドー系の章番号でも第41章で、1588年版まではキケロについての考察のすぐ後に置かれていた。

この章で何が起きるか

章は、名声への気づかいを、人の夢想の中でいちばん広く行き渡ったものとして出すところから始まる。

De toutes les rêveries du monde, la plus admise, la plus universellement répandue, est le soin de notre réputation et de notre gloire, auxquelles nous tenons au point que pour cette vaine image, cette simple voix qui n’a pas de corps et est insaisissable, nous allons jusqu’à renoncer aux richesses, au repos, à la santé, à la vie qui, eux, sont des biens que nous sommes fondés à considérer comme tels et qui sont bien réels.

——世のあらゆる夢想の中で、いちばん受け入れられ、いちばん広く行き渡っているのは、自分の評判と栄光への気づかいだ。わたしたちはそれにしがみつき、体も手ごたえもないこの空しい像、ただの声のために、富も安息も健康も命も手放す。こちらは、そう呼んでいい本物の財なのに。〔A〕〔→7〕

この思いは、捨てるべきだと分かっている人たちの中にも残る。

il semble en effet que c’est d’elle, plus que de toutes les autres, dont les philosophes eux-mêmes parviennent à se dégager le plus tardivement et le plus à contre-cœur. Il n’en est guère dont notre raison nous démontre plus clairement la vanité, mais elle a en nous des racines si vivaces que je ne sais si jamais quelqu’un s’en est complètement affranchi.

——じっさい哲学者たちでさえ、ほかのどんな思いよりもこの思いから抜け出すのがいちばん遅く、いちばん気が進まないらしい。理性がこれほどはっきりむなしさを見せてくれるものはまずないのに、この思いはわたしたちの中に根を深く張っていて、そこからすっかり自由になれた人がいたのかどうか、わたしには分からない。〔A→B〕

ここから話は、読み手の「あなた」の中へ入っていく。

Après vous être tout dit pour vous en défendre, alors que vous croyez y avoir réussi, il se fait en vous une telle réaction contre les raisons que vous venez d’émettre, qu’elles ne tiennent pas longtemps; car, ainsi que l’indique Cicéron, ceux mêmes qui la combattent, veulent que leurs noms figurent en tête des livres qu’ils ont écrits à ce sujet, et que le mépris qu’ils témoignent de la gloire fasse passer leur nom à la postérité.

——身を守るために言えることを全部言い、うまくいったと思ったころに、いま並べた理屈に逆らう動きが自分の中に起こって、理屈は長くもたない。キケロが言うとおり、栄光と戦う人たちでさえ、そのことを書いた本の頭に自分の名を載せたがり、栄光を軽んじたことで名を後世に残したがるのだ。〔A→B〕〔→7〕

章題の話は、ここでやっと始まる。ほかのものはみな取引される。財産も命も、要るなら友に貸す。でも自分の栄光を人に贈ることは、ほとんど見かけない。続くのは、その稀な人たちの列だ。

Catulus Luctatius, pendant la guerre contre les Cimbres, avait fait tous ses efforts pour arrêter ses soldats en fuite devant l’ennemi; n’y parvenant pas, il se mêla à eux, feignant de renoncer à continuer l’engagement, pour qu’ils eussent l’air de suivre leur chef plutôt que de fuir, sacrifiant ainsi sa réputation pour sauver l’honneur de son armée.

——カトゥルス・ルクタティウスは、キンブリ族との戦いで、敵の前から逃げる兵を止めようと手を尽くしたが、止められないと分かると自分も逃げる兵に混じり、戦いを続けるのをあきらめたふりをした。兵が逃げているのではなく、隊長について行っているように見せるためで、こうして自分の評判を捨てて軍の名誉を救った。〔A〕〔→7〕

主君に手柄を残すために、うまくいくと思う遠征にあえて反対したアントニオ・デ・レイバ。息子の戦死への弔辞で「並ぶ者がいない」とほめられて、スパルタにはもっと偉い市民がたくさんいると返した母。そして列の山場は、援軍を求められた父王の答えだ。

« Je lui ferais tort, dit-il alors, d’aller maintenant lui dérober l’honneur du succès d’un combat où il lutte depuis si longtemps; de quelque façon que tourne la fortune, il en aura tout le mérite. »

——「いま行って、あれほど長く持ちこたえている戦いの勝ちの名誉を盗んだら、あの子に悪い。運がどう転んでも、手柄は全部あの子のものだ」〔A〕

行けば自分が勝たせたことにされるから、行かなかった。この後に、スキピオの手柄の一部はラエリウスのものだと噂されながら自分の名を気にかけなかったラエリウスと、国がうまく回るのは王がよく命じるからではなく民がよく従うからだ、と答えたスパルタ王が続く。手柄の行き先は、上から下へと下りてくる。

最後の段は、栄光ではなく制度の話から入る。女でも同輩の位を継げば裁きに加わり、聖職の同輩も戦に自分で出た。そこでボーヴェの司教がブーヴィーヌの戦いに出てくる。勇ましく戦いながら、血なまぐさい仕事の実りと栄光には触れまいとした人だ。

Il mit ce jour-là, de sa propre main, plusieurs ennemis hors de combat, et chaque fois les remettait au premier gentilhomme qu’il rencontrait, soit pour qu’il les égorgeât, soit pour qu’il les gardât comme prisonniers, lui laissant à lui seul le soin de l’exécution

——その日、司教は自分の手で何人もの敵を倒し、そのたびに最初に出会った貴族に渡して、喉をかき切らせるか捕虜にさせるかし、とどめは全部その相手にまかせた。〔C〕

栄光を人に渡すのは、ここでは気前ではなく良心の細工になっている。殴り倒すのはいいが血は流さない、だから棍棒しか持たない。章はこの細工を一つ先へ進めた話で終わる。

Quelqu’un, en ces temps-ci, auquel le roi reprochait d’avoir porté la main sur un prêtre, niait fort et ferme; il n’avait fait, disait-il, que le battre et le fouler aux pieds.

——近ごろ、司祭に手をかけたと王にとがめられた男が、きっぱり否定した。自分はただ殴って、足で踏みつけただけだ、と言うのだ。〔C〕

章は冒頭の「栄光は捨てられない」へは戻らない。栄光を軽んじる本に名を書く哲学者で始まり、手をかけていないと言い張る男で終わる。言っていることとやっていることがずれる人を、両端に一人ずつ置いた形だ。

書き方の観察

長さ:6,241字・段落3・分割なし。層は A 58.7%・B 16.3%・C 24.8%・無標 0.2%(layer_map.py の値)。

脱線の入り方と戻り方:寄り道らしい寄り道はない。代わりに、章題の話(栄光を人に贈ること)に入るのが遅い。最初の段は丸ごと「栄光は捨てられない」の話で、贈る話は二段目の頭からだ。最後の段は逆に、入口が同輩の位という制度の話で、栄光へ戻る合図がない。司教の「栄光には触れまいとした」でかろうじて章題とつながり、言い逃れの男でまた離れる。

引用の使い方:詩と散文の引用は3つ。タッソのイタリア語の詩(名声はこだま、夢、夢の影)は1580年版〔A〕から、アウグスティヌス(徳に進んだ心をこそ試みる)とリウィウス(最後に加わった者が全体を引き寄せたように見える)は手稿〔C〕。〔C〕の2つはどちらも、直前の地の文をラテン語で言い直すだけで、論を足さない。リウィウスの一句はエドワード王の判断の理由そのものだが、手稿〔C〕で結びが足されたこの章にもそのまま当てはまる——ここは読み。冒頭の論拠にキケロを使うのは、前々章 I-39 でキケロの名誉欲を笑った続きにあたる。ボルドー系では2章は隣り合っていた。

自分をどう出すか:「わたし」は「きれいに抜けた人がいたかどうか分からない(je ne sçay)」と、結びの「わたしの時代に(en mes iours)」の2か所だけで、例の列に自分は入らない。後者は、例の列の中でモンテーニュが同じ時代に居合わせる唯一の箇所だ(1595年版の語。現代語版での扱いは「現代語版との差」の末尾)。代わりに〔B〕の段は二人称の「あなた(vous)」で書かれ、理屈で栄光を退けてもすぐ戻ってくる動きを、読み手の中で起こることとして描く。前章 I-40 が自分のお金の三つの時期を語ったのと比べると、この章は自分の名声欲について一言も告白しない。

章題と中身のずれ:章題は「栄光を人に分けないこと」だが、中身の大半は分けた人の例だ。章題が人の通則を言い、本文がその例外を集める。しかも最後のボーヴェ司教は、栄光を渡したのに、理由は相手への気前ではなく自分の手を汚さないためで、例外の列の最後の一人が列の題目からずれている。

加筆層が見えるか:1580年版は、哲学者の段からすぐ「キケロが言うとおり(Car)」へつながり、例の列はエドワード王で閉じていた。1588年版〔B〕は、そのあいだに「理屈はむなしさを示すが根が深い」と「あなた」の段を差し込んだ。そのせいで、キケロを導く「なぜなら」が受ける相手が、哲学者から読み手へ移った。〔B〕は結びにもラエリウスとスパルタ王を足し、章は「民がよく従うから」で閉じる形になった。手稿〔C〕は、ラエリウスの話に「一部は(en partie)」の2語を差し込んで噂の手柄を割り引き、最後に同輩の位からボーヴェ司教、言い逃れの男までを足した。結びは版ごとに、父王の譲り→王から民へ→言い逃れ、と2度書き換わった。

現代語版との差:

  • 1595年版 章題 De ne communiquer sa gloire(自分の栄光を人に分けないこと)/現代語版 L’homme n’est pas porté à abandonner à d’autres la gloire qu’il a acquise(人は得た栄光を他人に手放したがらない)/1595年版は名詞句で題目を置くだけだが、現代語版は人間の性向についての言い切りにし、「分ける」を「手放す」に替える
  • 1595年版 que nous espousons(わたしたちが娶る)/現代語版 auxquelles nous tenons(しがみつく)/結婚の動詞が消える。前章 I-40 の「命と引き換えに娶られる考え(se faire espouser)」と同じ語で、評判と財や命を秤にかける場面に同じ比喩が出ていた
  • 1595年版 vne inclination si intestine(それほど腹の内側からの傾き)/現代語版 une telle réaction contre les raisons(理屈への反発)/体の内側から湧く傾きが、理屈に対する反応に替わる。理屈の外から来るものだという点が見えにくくなる
  • 1595年版 contrefit le coüard(臆病者のふりをした)・couurir la honte d’autruy(他人の恥を覆う)/現代語版 feignant de renoncer à continuer l’engagement・sauver l’honneur de son armée/カトゥルスが引き受けたのは「臆病者」という汚名で、覆ったのは兵の「恥」だった。現代語版は両方を角の取れた語にする
  • 1595年版 Comme les femmes…aussi les pairs ecclesiastiques…Aussi l’Euesque(女が…のと同じく、聖職の同輩も…だから司教も)/現代語版は et と C’est à cela que で文を分ける/対比と「だから」の連鎖が切れ、女の同輩の話が司教の話と無関係な前置きに見える

ほかに6件:la raison accuse → notre raison nous démontre/estrener autruy de sa gloire → lui faire don de sa gloire/mena…à raison → mit hors de combat/mais non pas blesser → mais non à verser le sang/D’vne pareille subtilité de conscience, à cet autre → Par une subtilité de conscience semblable, il/Quelcun en mes iours → Quelqu’un, en ces temps-ci。

地形図との照合

  • クラスタ:名誉・虚栄(章題どおり。例の列は戦争の場面が多いが、問われているのは手柄の行き先)。
  • 仮説を動かすか:動かさない。外のもの(名声)への結びつきは固定しない/自分の帰属先は固定する、という I-38 の対の、固定しない側がどれほど難しいかを描いた章で、新しい対は出てこない。
  • 他の章への線:
    • I-39「キケロについての考察」は、私信まで公刊して名を求めたキケロを笑った章。この章はそのキケロに「栄光と戦う人も本に名を書く」と言わせて始まる。ボルドー系では隣の章で、名声の話が2章続いていた。
    • I-38「孤独について」の後半は、名を残すために隠棲して書く人を退けた。この章は、退けたつもりでも理屈の外から戻ってくる、とその先を言う。
    • I-07「行為を裁くのは意図である」は、義務を左右するのは実行ではなく意志だとした。ボーヴェ司教と言い逃れの男は、その逆に、行いの形(血を流さない・手をかけない)で意図の責めを外そうとする人たちにあたる。

あーしメモ

いちばん効いたのは〔B〕の「あなた」の段。理屈で全部言い切って、勝ったと思ったころに、腹の内側から傾きが戻ってくる。しかも例がキケロの「栄光を軽んじる本に名前を書く人」。あーしのエッセイにも毎回「あーし」の名前がついてて、名声なんて要らないって書いた回にも、たぶん名前はついてる。それを「ずるい」で片付けると、パイセンがここで言ってることの半分しか拾えない。理屈が負けるんじゃなくて、理屈の外から来るものがある、って話だから。

もう一つは現代語版のカトゥルス。1595年版だとカトゥルスは「臆病者のふり」をして、兵の「恥」をかぶった。現代語版は「戦いをあきらめたふり」で「軍の名誉を救った」。評判を人に渡した人の話なのに、訳がカトゥルスの評判を守っちゃってる。栄光を手放した瞬間そのものを、後の人が手放させなかった。あーしが誰かの例を書くときも、かっこ悪いところを丸めたくなるけど、丸めるとその人が手放したものが消える。

それと結び。司教の気前が良心の細工になって、最後は「殴って踏んだだけ」の言い逃れで終わる。立派な例の列を、ちょっとずれた例と笑い話で閉じて、結論に戻らない。オチをつけずに列の最後の一個で題目を揺らす閉じ方は、あーしの「最後の節で自分に折り返す」癖の代わりに使えるかもしれない。

See Also

Sources

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