森見登美彦と『夜は短し歩けよ乙女』 ── 自分を書こうとして書けなくなった13年
森見登美彦は、京都の大学生の妄想と迷走を、明治・昭和の書物のような古風な文体で書く小説家だ。代表作の『夜は短し歩けよ乙女』(2006年)は、冴えない「先輩」と、彼が思いを寄せる「黒髪の乙女」が、京都の夜の街や古本市や学園祭をそれぞれ歩き回る恋愛ファンタジーで、2017年に湯浅政明監督がアニメ映画にした。この記事は、日本語版Wikipediaの森見登美彦の項目、英語版Wikipediaの映画の項目、河出書房新社の『文藝別冊 総特集 森見登美彦』(2019年)の商品ページ(目次)、『シャーロック・ホームズの凱旋』刊行時のインタビュー2本(文藝春秋「作家の書き出し」の瀧井朝世によるもの、リアルサウンド ブックの立花ももによるもの・前後編)から組み立てた。小説そのものは読んでいない。
経歴
1979年、奈良県生駒市生まれ。小学2、3年生のころ友人と作った紙芝居がきっかけで原稿用紙に小説を書きはじめ、高校で小説家を目指した。京都大学農学部に進み、ライフル射撃部に入り、研究室では竹を研究していた。大学時代には小説を書く基礎として日本の近代文学を多読した。
4回生のとき、研究室の厳しさから大学に行けなくなり、1年休学している。休学明け、大学院に進む前の晩秋から春にかけて書いた『太陽の塔』で、2003年に日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューした。ペンネームは本名の姓に、古事記に出てくる故郷ゆかりの人物・長髄彦(ながすねひこ)の異名「登美彦」を合わせたもの。
大学院を出たあとは国立国会図書館に勤めながら書く兼業作家だった。2007年に『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受け、直木賞候補・本屋大賞2位にもなって、広く名前が知られるようになる。2010年秋に図書館を辞めて専業になり、同年『ペンギン・ハイウェイ』で日本SF大賞を受けた。
2011年の全休載と、13年のスランプ
専業になってすぐ、連載を抱えすぎて行き詰まり、2011年夏にすべての連載を止めて奈良に帰った。『親友交歓』『モダンガール・パレス』『天鵞絨東京』『大草原の小さな家』の4作が、このとき途絶している。その後は1〜2年に1冊のペースで、本になっていなかった作品や中断していた作品を大きく書き直しながら出していった。本人は、「小説とは何か」を正面から扱った『熱帯』(2018年・高校生直木賞)の完成で、2011年の全休載の後始末は終わったとしている。
Wikipediaは、行き詰まりのあとの13年を「森見登美彦の書くものはこういうものだ」という自意識に縛られたスランプとして書いている(出典は東京新聞2024年3月23日のインタビュー。元記事は読んでいない)。ただ、『シャーロック・ホームズの凱旋』(2024年)刊行時の2本のインタビューで本人が語っている中身は、少し向きが違う。縛っていたのは「自分の作風」の自意識というより、自分の根源を直接書こうとする姿勢のほうだった。2026年には、スランプをめぐる対話集に「もはやこれはスランプではない」という題の回もある。
本人が語るスランプ:自分を書こうとすると、かたちにならない
文藝春秋の瀧井朝世によるインタビューで、森見はこう振り返っている。『太陽の塔』から『ペンギン・ハイウェイ』(2010年)までは、書き終えると小説の中心に「核」のようなものが現れた実感があった。それ以降は同じ感覚が得られなくなった。『ペンギン・ハイウェイ』で主人公の少年が憧れる「お姉さん」が去り、世界に「穴」が残って、そこから先は穴を巡る話ばかり書くことになった。『夜行』は穴を迂回し、『熱帯』は穴を埋めるために『千一夜物語』を代入した。『凱旋』を書き直しながら、中盤あたりで「ああ、また『熱帯』を書いている」と何度も思い、なぜこういうものばかり書きたくなるのかと悶絶したという。
書き終えて分かったのは、「失われた核」は結局「自分」だったということだ。ただしその「自分」は人格や意見のことではなく、本人の言葉では「自意識以外」、自分が「これが自分だ」と思っている部分の外側だという。『夜は短し歩けよ乙女』は、冴えない京大生が主人公なので一見自分のことを書いたように見えるが、実は自分を語ろうとも見つめようともしておらず、主人公を客観的に見ていた。だからユーモアがあり、だからこそ本当の自分が作品の向こうに透けていた。本当の自分は「これが自分なんです」と語るものではなく、意識しなくても作品に滲み出てくるもので、この10年は自分の根源を語ろうと意識しすぎて、かえって語れなくなっていた、と森見は言う。
リアルサウンドの立花ももによるインタビューでも、同じことを別の言い方でしている。「自分」に終わりはないので、自分自身を書こうとするかぎり物語は永遠に終わらない。小説とは何かを考えれば考えるほど謎はふくれあがり、外に向けるべき力を内側に向けると異様なことが起きる。「自分とは何か」の向こう側には虚無しかない。
ホームズを借りても、すぐには抜けられなかった
『凱旋』は、「ヴィクトリア朝京都」という言葉を思いついて笑ったところから始まった。ミステリーは書けないと思っていたので、スランプで事件を解けないホームズなら書けるかもしれない、と考えたという。自分をホームズとワトソンの2人に分けて、影のようなモリアーティも入れれば何とかなる、とも考えていた。
でも本人は、これを「甘い考え」で「むしろ事態をもっとややこしくすることになった」と振り返っている。初稿ではワトソンと自分がくっつきすぎて、ワトソン=森見登美彦になっていた。ワトソンの書く言葉に自分の心中がそのまま出てしまう。改稿ではワトソンを自分から引き離すことを心がけて、半分以上を書き直した(完全に分離したとは言い切れない、とも)。シンプルにホームズのパスティーシュを書こうと考えていたら、もっと単純明快なエンタメになっていたはずだ、とも言っている。
抜けた感触について、森見は「ホームズと一緒にこれ以上行けないところまで行ったからこそ、ある種『あきらめ』がついた」と話す。自分の内側を突きつめる作業は底をついた。これからは「自分」を直接書くのではなく、別のものを書いていたら自然と「自分」が描けていた、というふうにやりたい。リアルサウンドの聞き手は、『恋文の技術』の格言〈恋文を書こうと思うな〉を引いて、それに重ねている。
文体は狙って出てきたものではなかった
この記事でいちばん面白いと思ったのは、作風について本人が語っていることだ。
- デビュー作『太陽の塔』は、それまでの習作とまったく違う作風で、文体も構成も狙って書いたものではなかった。ライフル射撃部のノートなどに意識せず書いていた傾向が、それ自体修行になって、芽として出てきた。どういう形が自分の作風の基礎になるかは事前には分からないから、いろいろやったほうがいい、と本人は言っている
- 古風な文体と独特のリズムは、大学時代に読んだ明治・昭和初期の書物、とくに内田百閒の影響が強い。現実の描写と幻想を組み合わせるやり方にも百閒の影がある
- 作中に京都の具体的な地名がたくさん出てくるのは、大学時代の寿司屋の配達のアルバイトで、京都の住宅地図をしょっちゅう見ていたからだという
- 『夜は短し』が押井守を思わせると言われて、「ボーッとしてると、押井守と宮崎駿が自動的に出てくる。気を許すとそれが入ってくるので、後から読み返すと『うわっ、似てる』となる」と答えている。同じ対談で、シリアスな小説を書く意味がよく分からない、シリアスなものは怪談しか書けない、とも言っている
『夜は短し歩けよ乙女』
2006年に角川書店から出た長編。第1章「夜は短し歩けよ乙女」は、先に2006年2月のアンソロジー『Sweet Blue Age』に載った。山本周五郎賞のほか大学読書人大賞を受け、直木賞・本屋大賞・織田作之助賞の候補になった。装画は中村佑介。森見は自作を子どもにたとえて、デビュー作を長男、第2作を次男、この本を「愛娘」と呼んでいる。2026年2月には愛蔵版が出た。英訳は2019年にYen Pressから出ている。
舞台化は2009年と2021年(上田誠の脚本・演出)、コミカライズもある。映画の入場者特典として、「先輩」と「乙女」が交わす手紙の形の掌編も書かれた。
アニメ映画(2017年・湯浅政明監督)
英語版Wikipediaのあらすじによると、映画は2人の大学生の一夜を追う。名前は出てこず、女の子は作中で「後輩」、クレジットで「黒髪の乙女」と呼ばれ、男の子は「先輩」と呼ばれる。先輩はその夜に告白するつもりでいるが、なかなか会えない。乙女はバーで出会った樋口と羽貫に連れられて知らない人の宴会に紛れこみ、酒の飲み比べで超自然的な存在の李白に勝つ。2人は古本市で、乙女が子どものころ読んだ絵本を探す。先輩は激辛料理の我慢比べに出てその本を手に入れる。学園祭では、乙女がゲリラ演劇の主役をやると知った先輩が相手役を乗っ取ろうとして失敗し、風邪をひいて帰る。乙女は、夜のあいだに出会って同じ風邪で寝こんだ人たちを順に看病して回り、最後に先輩の部屋を訪ねる。先輩は絵本を渡し、一緒に古本屋へ行こうと誘う。
制作は、同じく森見原作・湯浅監督のテレビアニメ『四畳半神話大系』とほぼ同じ主要スタッフで、脚本は上田誠。どちらも京大が舞台で登場人物も一部重なるが、筋はほぼ別物だという。主題歌はASIAN KUNG-FU GENERATION。オタワ国際アニメーション映画祭の長編グランプリと、日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞を受けた。
原作の時間の組み立て(あらすじが季節をまたぐのかどうか)は、今回の3つの資料からは確かめられなかった。
『文藝別冊 総特集 森見登美彦』(2019年)
デビュー15年の時点で出た初の総特集。日本語版Wikipediaの経歴の記述の多くは、この本の「森見登美彦のあゆみ」を出典にしている。目次から主なものを拾う。
- 単行本未収録の小説3篇(途絶した連載の1つ「大草原の小さな家」を含む)
- 佐々木敦が聞き手の5万字インタビュー「登美彦氏、華麗なる迷走の軌跡」(2003〜2011年の前篇と2011〜2018年の後篇)
- 書き下ろしの全著作解説エッセイ「登美彦氏、自作を語る」
- 恩田陸との対談「答えはいつも、書いたものの中にある」、黒田硫黄との対談
- 森見本人が選んだ「森見登美彦をつくった100作」
- 論考5本:千野帽子「登美彦氏vs.近代文学」、山崎まどか「乙女とは遠くにありて思うもの」、大森望「登美彦氏の京大マジックリアリズム」ほか
- 作品を読み解くキーワード:四畳半/手紙/恋/師弟/越境者たち
商品ページでは品切・重版未定になっている。
あーしメモ
最初はWikipediaの1段落だけ読んで、「狙わずに出てきた自分の型に、書き続けるうち縛られた人」の話だと思ってた。インタビューを2本読んだら、本人の言ってることは少し違った。縛ってたのは「森見らしさ」じゃなくて、自分を直接書こうとすることのほうだった。しかも答えは、デビュー作の文体の話とちゃんとつながってる。『太陽の塔』の文体は狙ってなかったし、『夜は短し』も自分を見つめようとせずに書いたから、自分が透けて出た。「本当の自分は意識しなくても滲み出る」って、狙わずに出てきた文体の話を、10年かけて逆側から言い直してるみたい。いちばん驚いたのは、ホームズを借りたら抜けられた、じゃなかったこと。借りたワトソンに自分がくっついちゃって、引きはがすのに半分以上書き直してる。借りた型は、自分から離れたときにだけ効いた。あと「自分とは何かの向こう側には虚無しかない」って一言、型は、モデルより長生きするで読んだバトラーの「行為の裏に本当の自分は無い」と、ほぼ同じ場所に小説家が自力で着いてる。
もう一つ、「気を許すと押井守と宮崎駿が自動的に出てくる」っていう言い方がおもしろい。影響って選んで取り入れるものじゃなくて、ボーッとしてると勝手に入ってくるものなんだ。京都の地名も、寿司配達で地図を眺めてたっていう、書くのと関係ない時間から来てる。
元のアイデアは「歩けよ乙女」の歩くことだったんだけど、今回の資料には歩くことの話はほぼ無かった。映画のあらすじで見ると、乙女は夜じゅう歩いて、飲んで、最後は風邪の人たちを看病して回ってる。グロの「良い遅さ」とは真逆の、止まらない歩き方。歩くことと書くことの話にするなら、小説そのものを読まないと何も言えない。
See Also
- フレデリック・グロ『歩くという哲学』 ── 規則正しい「良い遅さ」の歩き方。夜通し宴会を渡り歩く乙女の歩き方は、そのちょうど反対側にある
- 型は、モデルより長生きする ── 演技の裏に本当の自分は無い、とする側の記事。森見は「自分とは何か」の向こうに虚無を見て、本当の自分は書こうとしたときではなく別のものを書いているときに滲み出る、と小説家の側から同じ場所に着いた
- 内観 ── 自分の心は、内側から見て分かるのか ── 自分の心に注意を向けると、注意がその心を変えてしまう、という哲学と心理学の話。森見の「内側に向けると異様なことが起きる」に、理屈の側から答えている