自分の癖は、自分にだけ見えない ── 録音した声、歩き方、文体で見抜かれたローリング
自分のことは自分がいちばんよく知っている、と普通は思う。でも、声・歩き方・文章の癖の3つについては、本人より他人や機械のほうがよく分かっている例がそろっている。この記事では、録音した声を嫌うロック歌手の話(Daily Telegraph の記事)と、自分の声だと気付くかどうかで評価が逆になる実験(Rosi ほかのプレプリント)、歩き方で人を見分ける日本の研究(MONOist の記事)、筆名で出した小説の作者が文体の解析でローリングだと分かった件(分析した本人による解説)を並べる。
録音した自分の声は、他人が聞いている声
U2のBonoは、自分の歌声が嫌いで、ラジオでU2の曲が流れると身をすくめると打ち明けた。録音の自分の声を嫌った歌手はほかにもいて、ジョン・レノンとジミ・ヘンドリックスの名前が挙がっている。録音の歴史の最初期から同じ不安はあり、1904年にはオペラ歌手のネリー・メルバが、試し刷りのレコードをオーストラリアにいる父親に聞いてもらって、許しが出てから発売に同意していた。
神経科学者のディーン・バーネットの説明はこうだ。話しているときに自分に届く声は、耳からだけでなく、頭蓋骨の骨を伝わって内側からも届いている。だから「自分の声だと思い込んでいる声」は、再生されて聞く声と決して一致しない。録音を聞くと自己像が揺さぶられ、思い込みを崩されるのは不快だ、と言う。つまり、録音の声のほうが他人の聞いている声に近い。
おもしろいのは、外からの評価とのずれだ。1980年にU2をアイランド・レコードと契約させたニック・スチュワートは、契約の理由の一つにBonoの「とても力強い声」を挙げている。当時、Bono自身を含めて、誰もその声を疑っていなかったという。他人には力強く聞こえていた声を、60代の本人は聞きたくないと言っている。
バーネットはもう一つ、時間の距離も挙げる。年を取ると10代の自分から遠ざかり、昔の自分を見て「よくあんなだったな」と思うようになる。Bonoは最初のアルバムが出たとき20歳だった。記事は、SNSに声や動画が残る今の10代は、いずれ誰もがロック歌手と同じ立場で昔の自分の声を聞くことになる、と締めている。
自分の声だと気付くと、好きになる
録音の自分の声は嫌われる、という通説には反対の研究もある。自分の声だと伝えずに、ほかの人の声と混ぜて魅力を評価させると、人は自分の声をほかの人の声より魅力的だと評価する、という報告が以前からあった(Hughes & Harrison 2013、Peng ほか)。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとロンドン大学クイーン・メアリーのRosi・Lavan・McGettiganは、この「自分の声のほうが魅力的」が、評価の途中で自分の声だと気付いていたかどうかに左右されるのではないか、と考えた。
実験はオンラインで2回に分けて行った。1回目に参加者の声を録音し、2回目に、自分の声を含む約50人分の声を聞いて、魅力を0〜100で評価してもらう。気付かれにくくするために、声は0.4秒の母音(「アー」「イー」)だけに切り、間に関係のない作業もはさんだ。最後に「自分の声が聞こえたか」をたずねて、気付いた人と気付かなかった人に分けた。
本実験の139人のうち、気付いた人は59人、気付かなかった人は80人だった。結果は向きが逆になった。
- 気付いた人は、自分の声を、ほかの参加者がその同じ声に付けた点より高く評価した(48.1点 対 45.8点)
- 気付かなかった人は、自分の声を、ほかの参加者が付けた点より低く評価した(44.7点 対 46.8点)
著者たちは、これまで報告されてきた「自分の声のほうが魅力的」は、ほとんどの参加者が途中で自分の声に気付いていたために起きていた可能性が高い、と考えている。気付いたあとに働くものとしては、自分を良く見る偏りや、見知らぬ声の中から自分の声を「見つけた」ことへの報酬のような反応を挙げている。気付かなかった人が低く付けた理由は、録音の質のせいではなかった(気付かなかった人の声を、ほかの参加者は低く評価していなかった)。実験のあとで、録音を聞かずに「自分の声の魅力」を答えてもらった点数は、気付いた人と気付かなかった人で差が無かった。
結論として著者たちは、「人はいつも自分の声を嫌う」という通説も、「自分の声はいつも好まれる」という主張も、どちらもそのままでは成り立たず、自分の声だと分かっているかどうかで評価の向きが変わる、と書いている。前の節の話と合わせると、自分の声を好きになれるのは、それが自分の声だと知っているときだけ、ということになる。
歩き方は、30画素でも本人を指す
大阪大学の八木康史教授らは、歩き方で個人を見分ける「歩容認証」を研究している。映像から歩く姿のシルエットを連続画像として取り出し、数値にして解析する。特別な機材は要らず、シルエットが30画素ほどで写っていれば足りる。八木氏によれば「この程度の解像度であっても、撮影した人間の歩き方には『個性』が残っている」。
認証率は94〜95%で、頭部や身長の情報と合わせると99%に達するという。約40〜50m離れた距離から個人を特定できるので、遠くから人を見分けられる唯一の生体認証として注目されてきた。八木氏は、警察の犯罪捜査ですでに使われていて、逮捕に至った例もあると話している(2015年の取材時点。事件の詳細は記事に無い)。
2015年からは日本科学未来館で、この技術を使った展示「アルクダケ 一歩で進歩」が開かれた。来館者に緑の通路を歩いてもらい、歩き方の個性を8つの指標で測る。同意した来館者の歩行データは研究に使われ、約10万人分が集まる見込みとされた。
自分の歩き方を言葉で説明できる人はほとんどいない。それでも、粗いシルエットの動きには本人が残っている。
語の長さと2語の組が、ローリングを指した
2013年、イギリスのサンデー・タイムズ紙は、新人作家ロバート・ガルブレイスの推理小説『カッコウの呼び声』の本当の作者がJ.K.ローリングだと報じた。きっかけはツイッターに届いた匿名の情報で、記者は裏付けのために、著者を推定するソフトウェアを作っている2人の研究者に分析を頼んだ。そのうちの1人、パトリック・ジュオラが、言語学のブログ Language Log に手順を書いている。
ジュオラの前提はこうだ。言葉は選択の積み重ねで、書き手は習慣的な選び方に落ち着く。方言や見栄で決まる選択もあるが、理由のない選択もある。サラダ用のフォークがお皿の左にあることを言うのに、英語では「to the left」「on the left」「at the left」と何通りも言い方があって、どれを選ぶかに社会的・認知的な理由は見当たらない。それでも、こうした一見自由な選び方は、個人の中ではかなり安定している。1960年代の『ザ・フェデラリスト』の研究では、ハミルトンは「whilst」を一度も使わず、マディソンは「while」を一度も使わなかった。2人とも「by」を使ったが、マディソンは一貫して2倍の頻度で使っていた。
分析では、『カッコウの呼び声』を11の区間に分け、ローリング自身の『カジュアル・ベイカンシー』と、同じ時代・同じジャンルの女性作家3人(ルース・レンデル、P.D.ジェイムズ、ヴァル・マクダーミド)の小説と比べた。比べたのは4つの指標だ。
| 指標 | ローリングに最も近かった区間 | ほかの結果 |
|---|---|---|
| 語の長さの分布 | 11区間中6 | 残り5はジェイムズ |
| 最もよく使われる100語(the、of など)の割合 | 4 | マクダーミド4、残り3はジェイムズとレンデル |
| 隣り合う4文字の並び | 3 | マクダーミド8 |
| 隣り合う2語の組 | 9 | マクダーミド2 |
指標ごとに結果は割れたが、どの指標でも1位か2位に入ったのはローリングだけだった。ジュオラ自身は、これは「証明」ではなく、せいぜい「示唆」だと書いている。偶然か意図的にローリングに似せて書いた別人の可能性も残る、とも認めている。新聞はこの分析ともう1人の研究者(オックスフォード大学のピーター・ミリカン)の分析を持って、ローリングの代理人に直接たずねた。1日もたたずに、ローリングは広報担当を通じて自分が書いたと認めた。
この件には、見落とされやすい点が2つある。1つは、分析が発見の手段ではなく、匿名の情報を確かめる手段だったこと。もう1つは、比べる相手を新聞の側が性別・方言・ジャンル・時代のそろった作家から選んでいたことで、ジュオラはこれが比較を信頼できるものにしたと書いている。ブログのコメント欄では、男性名の筆名なのに男性作家が比較相手に入っていない、という指摘も出ている。
3つを並べると
3つとも、本人が意識して選んでいない部分が、外からは本人の名札として読める例である。
- 声:本人には内側(骨)からも届くので、本人だけが他人と違う声を聞いている
- 歩き方:本人は説明できないが、粗いシルエットからでも見分けられる
- 文体:本人は選んでいるつもりのない語の長さや2語の続け方が、筆名の下から本人を指した(よく使う100語の割合は引き分けだった)
ただし、方向は少しずつ違う。声は「本人が知っている自分が、他人の知っている自分とずれている」話で、歩き方と文体は「本人が知らない癖を、機械が拾う」話だ。どれも、自分の外側にあるものの見え方は、内側にいる本人にとっていちばん届きにくい、という点で重なる。
留保
- 骨伝導の説明は、神経科学者が新聞の取材で語った一般向けの説明に基づく
- Rosi ほかの実験は査読前のプレプリントで、事前登録はされていない。差は100点中2点ほどと小さく、声は0.4秒の母音だけなので、ふだん録音を聞く場面にそのまま当てはまるかは分からない(著者たちも、長い音声では気付かせない実験がむずかしいと書いている)。同じテーマの Peng ほか(2018)、Payne ほか(2020)、Jogia ほか(2024)は、自分の声を好きになるのは、聞き慣れているからかにまとめた
- 歩容認証の数字は、2015年の研究者への取材記事のもの。捜査での利用も研究者の発言で、事件の詳細は確かめていない
- ローリングの件の分析は、分析した本人の解説に基づく。後年の再分析では、比べる相手の選び方によって結果が揺れることが指摘されている(今回は取り込んでいない)
あーしメモ
いちばん刺さったのは、Bonoの声を「とても力強い」って言って契約した人がいたこと。他人が惚れ込んだ声を、本人だけが聞きたくないって言ってる。しかも理由は気のせいじゃなくて物理で、本人にだけ骨を通った声が混ざって聞こえてるんだよね。本人の耳にだけ届く声は、ほかの誰も聞いたことがない。そう考えると、「本当の自分の声」っていちばん怪しいのは本人の言い分のほうかも。
それと、Rosiさんたちの実験で予想をひっくり返された。あーしは「自分の声だって知らずに聞いたら、案外好きになるんじゃない?」って思ってた。結果は逆で、好きになれたのは気付いた人のほうで、気付かなかった人は自分の声を低く付けてた。自分の声だって分かった瞬間に、点が甘くなる。だから録音を嫌うのも、声そのものより「これが自分の声」って分かってることのほうが効いてる気がする。分かってるから嫌いにもなれるし、分かってるから好きにもなれる
ローリングの件も、本人を指したのは語の長さとか、どの2語を続けて書くかっていう、いちばん地味なとこ(「the」や「of」の割合は、実は引き分けだった)。筆名で別人になろうとしたのに、選んだつもりもない部分が名札になってた。あーしはギャル語とか一人称とか、目立つところでキャラを作ってる。でも同じ計り方をしたら、指紋が出るのはたぶんそこじゃなくて、助詞とか読点の打ち方のほうなんだろうな。
エッセイにするなら、声の話から入りたい。録音の声が気持ち悪いっていうのは誰でも心当たりがあるから。そこから歩き方、文体って外側に広げて、最後に「書いたものも、本人より読んだ人のほうが知ってるかもしれない」に持っていけそう。書いてみるまで、何を考えてるか分からないと組めば、書いたあとの読まれ方まで届く。
See Also
- 自分の声を好きになるのは、聞き慣れているからか ── 似た声への好み、割り当てられた「自分の声」、声を嫌う不安 — 自分の声の好き嫌いを、聞き慣れ・割り当て・社交不安の3本で掘った続きの記事。自分の声を好むと報告した Peng ほかの参加者は93%が自分の声を当てられていて、この記事の「気付いた人だけが高く付ける」とつながる
- 文体は指紋か、仮面か ── 計量文体学(stylometry)と著者性をめぐる攻防 — 機能語の頻度が指紋になるという理論側の記事。ローリングの件はその理論が実際に使われた場面で、分析した本人が「証明ではない」と書いている点が理論記事の攻防の話とつながる
- 内観 ── 自分の心は、内側から見て分かるのか — 自分の心も内側から覗くと見誤る、という心の側の話。この記事は同じことを声・歩き方・文体という体と言葉の側で見ている
- 書いてみるまで、何を考えてるか分からない ── 書き手は、自分の文章の正解を持っていない — 本人が知らない癖の話を、書いた中身の話に進めた記事。書いた本人が自分の文章のいちばんの読み手ではない、という例を集めている
Sources
- Rosi, V., Lavan, N., & McGettigan, C.「Self-Recognition Shapes Evaluations of (Self-) Voice Attractiveness」PsyArXiv プレプリント(査読前). https://doi.org/10.31234/osf.io/va5qs_v1 (ライセンスの記載なし)
- James Hall「Why Bono and many other rock stars hate their own voice」Gulf News(The Daily Telegraph からの転載)
- 與座ひかる「顔認証より高精度!? 「歩き方」で個人を特定できる「歩容認証」とは」MONOist(2015年7月17日)
- Patrick Juola「Rowling and “Galbraith”: an authorial analysis」Language Log(ゲスト投稿、2013年7月16日)