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方法に逆らい、判決を出さない ── アドルノ「形式としてのエッセー」とルカーチ「エッセイの本質と形式について」

エッセイという書き方について、20世紀にいちばんよく引かれる理論は二つある。一つはジェルジ・ルカーチ(1885-1971)の「エッセイの本質と形式について ── レオ・ポッパーへの手紙」(ハンガリー語1910、独語版『魂と形式』1911)、もう一つはテオドール・W・アドルノ(1903-1969)の「形式としてのエッセー」(1958、『文学ノート』第1巻の巻頭)だ。この記事は二つを並べて、エッセイは方法にどう逆らうのか、そして「判決ではなく判断の過程」とは何を言っているのかを、論文4本と解説1本で確かめる。

アドルノの美学はモダニズム芸術は、なぜ自らを傷つける身振りをするのかに、ベンヤミンの星座はコンステレーション(星座)にある。この記事は、その二人が「エッセイ」という形式そのものについて書いたものだけを扱う。

何を調べたか

問いは3つ。

  1. アドルノは、デカルト『方法序説』の規則にエッセイがどう逆らうと書いたか。「方法的に非方法的(methodisch unmethodisch)」は本当にアドルノの言い方か
  2. ルカーチの「エッセイは判断だが、大事なのは判決ではなく判断する過程だ」という一文は本当にあるか。独語の語は Urteil か
  3. アドルノはルカーチの何を受け継ぎ、何を退けたか。どちらかがモンテーニュをどう扱っているか

原典の独語版も邦訳も手元には無い。アドルノの頁は、論文が付けている独語全集版第11巻(Gesammelte Schriften Bd. 11, 1974。以下 GS11)の頁を写している。邦訳は三光長治訳「形式としてのエッセー」(『アドルノ 文学ノート 1』みすず書房、2009、3-33頁)で、ルカーチは川村二郎訳「エッセイの本質と形式について」(『ルカーチ著作集 1 魂と形式』白水社、1969、9頁から。のち単行本1986)。書誌は国立国会図書館サーチとみすず書房のページで確かめた(三光訳の頁は藤野論文の注でも確かめた)が、どちらの訳文も直接は読めていない。

結果を先に書くと、(1) はデカルトのくだりは確かめられ、methodisch unmethodisch は半分だけ確かめられた。(2) は英語では確かめられたが、独語と邦訳の語は確かめられなかった。(3) は「芸術形式」をめぐる批判が3本の論文で一致した。

アドルノ ── デカルトの4規則への「異議」

アドルノは、エッセイが「ドイツでは雑種として評判が悪い」(GS11 S.9)という事実から書き起こす。科学と芸術のあいだの混ぜものだ、という悪評だ。藤野寛(2024)は、アドルノが科学と芸術の「混合」という見方そのものを退け、両者のあいだを「媒介」する哲学の表現形式として、エッセイを立て直したと読む。アドルノはエッセイを随筆のような「緩い形式」としては扱っていない、と藤野は念を押している。

デカルトが出てくるのは第9段落だ。藤野の引用(訳は藤野のもので、三光訳と同じかは分からない)。

エッセイは全体としてデカルトの『方法序説』が近代西洋の科学とその理論の始まりにおいて打ち立てた四つの規則に対する異議申し立てと解釈されうるかもしれない(GS11 S.22)

濱崎桂子(1996)が引く独語では Insgesamt wäre er zu interpretieren als Einspruch gegen die vier Regeln で、wäre は接続法だ。アドルノは「エッセイはデカルトへの抗議だ」と言い切っていない。「全体としてはそう読めるだろう」と、控えめに置いている。この一文のすぐ前には「エッセイは、明晰判明な知覚と疑いようのない確実さという理想に、穏やかに(sanft)挑む」とある(同じく濱崎の引用)。

そのあと、規則が一つずつ取り上げられる。

デカルトの規則 アドルノの異議(藤野の整理)
第2規則:難しいものをできるだけ小さな部分に分けよ(分析) エッセイの対象(人の作ったもの)は要素分析の言いなりにならない。全体を第一のものとして立てられないのと同じく、分析で出てきた要素も立てられない。部分は「要素(Elemente)」ではなく「契機(Momente)」で、エッセイはそれが生きている「今ここ」まで迫る(S.22)
第3規則:最も単純なものから始めて、少しずつ複雑なものへ進め 媒介の連関としての全体という考えに反する。エッセイは最も複雑なものから出発する(S.23)
第4規則:何も見落とさないよう、完全に数え上げ、見渡せ 調和する全体を前提にした体系の原理。「エッセイは亀裂の中で考える。現実に亀裂が入っているように」(S.25)

第1規則(明証的に真と認めたものしか受け入れない)には、表の前の「明晰判明と確実さに穏やかに挑む」の一文が当たると読める(藤野は第1規則を個別には取り上げていない)。濱崎は、アドルノがいちばん強く批判したのは第4規則で、それを「本来の体系的原理」と呼んだことを示している(S.23)。

アドルノが方法そのものを捨てろと言っているわけではない。Couto(2024)は、アドルノの言うエッセイは「確実さを軽んじるというより、確実さの理想を捨てる」(Couto の引く仏訳から)ものであり、エッセイの中で対象のかたちを読み解くうちに「方法そのものを見つけ直す」ものだと読む。濱崎も、アドルノの批判の芯は、今では方法が「方法のためだけに」使われていることにある、とまとめている。

「方法的に非方法的」は確かめられたか

半分だけ確かめられた。アンカラ大学の講義資料に載っていた独語の事典の項(アドルノ『文学ノート』の項。事典の名は確かめられなかった)が、エッセイは「体系への批判から完全な帰結を引き出し」(S.16)、「methodisch unmethodisch」(S.21)に進む、と引いている。頁はこの事典が使う1981年版のもので、GS11 とほぼ同じ組みらしい。英語圏では Neil Larsen(2006)が英訳13頁の「methodically unmethodical」に触れているという(検索エージェントの要約から。あーしは本文を読んでいない)。

ただし、この記事が採った論文4本には、この語は出てこない。藤野も濱崎も、デカルトのくだりは詳しく引くのに、この語は引いていない(濱崎の PDF は文字の読み取りが崩れているので、崩れた綴りも探したが見つからなかった。見落としの余地は残る)。邦訳の訳語も分からない。みすず書房の紹介文には「いってみればエッセーにとっては方法に反することが方法である」という一文があるが、これが三光訳の本文なのか紹介文の言い換えなのかは確かめられなかった。だからこの記事では、methodisch unmethodisch は「アドルノの語として引かれている」までにとどめる。

ルカーチ ── エッセイは法廷で、大事なのは判決ではなく裁く過程

ルカーチの文章は、友人レオ・ポッパーにあてた手紙の形をとっている。独語版ルカーチ著作集の編者の一人ヴェルナー・ユングは、これを「架空の手紙」と呼び、その中から二つの像を引く。一つはエッセイストの姿で、エッセイストは『意志と表象としての世界』の到来を待ちながら『余録と補遺(パレルガ)』を書いているショーペンハウアーであり、来るべき人のことを荒野で告げる洗礼者だ、という。体系の手前に立つ、先触れとしてのエッセイストだ。

もう一つが、方法についての一点だ。ユングの文章の英訳(独語の原稿からの訳)では、こうなっている。

The essay is a law court, yet it is not the judgment which is the most important and valuable aspect of this, but rather the process of judging.

エッセイは法廷である。だが、そのいちばん大事で価値のあるところは判決ではなく、裁く過程だ。(英訳から自訳。川村二郎訳は未確認)

Feng Tao(2020)も、アンナ・ボストックの英訳(Soul and Form, 1974, p.18)から、この一文を同じ趣旨で要約している。エッセイには学問の側面があり、「一種の判断だが、“判決(verdict)“ではなく判断の過程にすぎない」。そのうえでルカーチは、エッセイは同時に芸術形式でもあり、自立した完全な生に、自立した完全な「形を与えること」だとした、と Feng は続ける。

独語の語はどうか。ユングの英訳が「judgment」ではなく「law court」と書き出していることから、文の主語に置かれた語は法廷・裁きを指す Gericht だと見られる。その中で大事でない側(判決)が Urteil、大事な側(裁く過程)が Richten の類だろう。つまり問いの「独語は Urteil か」への答えは、「Urteil は大事でない側の語で、エッセイそのものは法廷(Gericht)と呼ばれている」になりそうだ。ただし、これは英訳から逆にたどった推定で、独語の原文はどの資料でも確かめられなかった。川村訳が「裁き」「判決」「判断」「裁判」のどれを使っているかも分からない。

アドルノはルカーチの何を退けたか

アドルノは「形式としてのエッセー」の冒頭近くで、ルカーチの名をはっきり出している。エッセイに重い洞察を託した人としてジンメル・カスナー・ベンヤミンと並べて「若きルカーチ」を挙げ(S.9f.)、そのうえで「ルカーチは、エッセイを一つの芸術形式と呼んだ」(S.11、藤野の引用)のは誤りだとする。藤野は、この誤解を正すことが、アドルノにこの文章を書かせたきっかけだったようだ、とまで読む。

エッセイを芸術から分けるものは二つある、とアドルノは書く。エッセイの媒体が概念であること、そしてエッセイが「美的仮象なき真理」を求めることだ(S.11)。Couto も Feng も、同じ一文をアドルノとルカーチの分かれ目に置いている。3本の論文が、別々の言語(日本語・仏語・英語)で同じところを指している。

Couto はこの違いをもう一歩進めて、若いルカーチのエッセイ論はロマン主義的な観念論と教養(Bildung)の理想から抜けられず、エッセイを個人の魂が自分の運命と結びつく場所にとどめた、とする。アドルノでは、エッセイの概念が指すのは個人の運命ではなく歴史の方向だ。

受け継いだものもある。Feng は、体系に逆らう書き方そのものを、アドルノがルカーチとベンヤミンから受け継いだとする。ルカーチの「判決ではなく裁く過程」と、アドルノの「エッセイは亀裂の中で考える」「非連続性こそエッセイにとって本質的」(S.25)は、どちらも結論の確定より途中のほうに重心を置いている。ただし、アドルノがルカーチの「法廷」の一文そのものに触れているかは、今回の資料では分からなかった。

モンテーニュはどこに出てくるか

ルカーチの側では、Feng によると、ルカーチはエッセイの歴史をたどってすぐれた例を挙げるとき、プラトンの対話篇、モンテーニュのエセー、キルケゴールの日記や物語を並べている。ルカーチがモンテーニュの題名(Essais=試み)そのものに何を読んだかは、今回の資料には出てこない。

アドルノの側では、「形式としてのエッセー」がモンテーニュをどう扱っているかを、採った資料は書いていない。逆向きの使い方はある。Ferrari(2022)は、モンテーニュの判断の試しが経験と歴史から離れないことを示すために、アドルノを引く(GS11 版ではなく Noten zur Literatur I の S.23f.、英訳 New German Critique 32, 1984, p.158)。

Hat Wahrheit in der Tat einen Zeitkern, so wird der volle geschichtliche Gehalt zu ihrem integralen Moment; das Aposteriori wird konkret zum Apriori […]. Die Beziehung auf Erfahrung […] ist die auf die ganze Geschichte […].

真理がほんとうに時間の核を持つのなら、歴史の中身がまるごと真理の一部になる。アポステリオリが具体的にアプリオリになる。(中略)経験への関わりは、歴史全体への関わりだ。(Ferrari の引く独語原文から自訳。三光訳は未確認)

Ferrari はこれを受けて、『エセー』のただ一つのアプリオリは、作者の経験と、人間の歴史の対象に自分の判断を試すことだ、と言う。アドルノがモンテーニュについて書いたのではなく、モンテーニュの研究者がアドルノを道具として借りている。Couto も結びで、エッセイはモンテーニュ以来、精神の自由によって文化の対象を比べて批評するのにいちばん合った形になった、と書くが、これは Couto 自身の位置づけだ。

反論 ── エッセイを持ち上げすぎていないか

採った資料の中にも、アドルノのエッセイ論への留保がある。

  • Couto は、アドルノの文学批評が、物象化の終わりを最高善とする「ある種の形而上学的な独断」に支えられていると言う。どの作品も、物象化への抗議か、その無批判な再生産かのどちらかに振り分けられてしまう。エッセイの媒介のやり方は、マルクス主義の目的に縛られず、別の倫理的な方向にも使えるはずだ、と Couto は言う
  • Feng は、アドルノは伝統的な哲学の文体の欠点を暴く一方で、論理と明晰さという長所まで捨てたとする。アドルノの言うエッセイには、曖昧さ・論理の欠如・難解さがある。哲学の文体は一つに決めず、対話や詩も含めて多様でいい、というのが Feng の結論だ
  • 藤野は、アドルノの哲学の特徴(批判・反体系・非同一性)が、そのままエッセイの特徴へ「横滑り」していて、この論がエッセイについて書かれているのか、アドルノ自身の哲学について書かれているのか分からなくなってくる、と書いている

Web の角度では、Neil Larsen(2006)が「エッセイは批判の形式そのものだ」というアドルノの主張に自己弁護の気配を見て、マルクス『資本論』の体系的な証明と比べている(今回は採っていない。下の「関連研究」)。

ベンヤミンの「方法は回り道」

ベンヤミンは脇役なので、一文だけ確かめた。『ドイツ悲劇の根源』の「認識批判的序説」に、こうある(独語原文、Projekt Gutenberg 版から)。

Darstellung ist der Inbegriff ihrer Methode. Methode ist Umweg.

叙述こそ、その〔論考の〕方法の要だ。方法は回り道である。(自訳)

続けて「回り道としての叙述、これが論考の方法的な性格だ」とある。アドルノがデカルトの方法を捨てるのではなく作り直すときの、先にあった言い方の一つだ。

重ねると

  • 方法について、アドルノはデカルトの規則を一つずつ取り上げて逆らう。けれど言い方は「解釈できるかもしれない」で、方法を捨てるのではなく、方法のための方法を退ける。ベンヤミンは方法を「回り道」と言い直した
  • 判断について、ルカーチはエッセイを法廷に置き、判決ではなく裁く過程に価値を置いた。16世紀の jugement で見た、jugement(判断)は手元に残して arrêt(確定判決)だけを下さない、というモンテーニュの判断保留と、同じ区別の上にある
  • 形式について、アドルノはルカーチの「エッセイは芸術形式」を退け、概念と真理の要求でエッセイを芸術から分けた。ここが二人の分かれ目で、3本の論文が一致している

残っている穴

  • ルカーチの一文の独語:Gericht・Urteil・Richten の組みは英訳からの推定。独語版『魂と形式』(1911)か著作集第1巻(Aisthesis, 2017)の該当頁を見る必要がある。川村二郎訳(白水社、1969)の訳語も同じ
  • 「方法的に非方法的」の邦訳:三光訳『アドルノ 文学ノート 1』で methodisch unmethodisch がどう訳されているか
  • アドルノはルカーチの「法廷」と「先触れ(ショーペンハウアーのパレルガ)」に触れているか:エッセイを体系の先触れとする見方を、アドルノがどう扱ったかは今回の資料に出てこなかった
  • アドルノはモンテーニュに触れているか:「形式としてのエッセー」の本文を全文検索できていない

関連研究

  • 濱崎桂子「Essay als ein alternativer Diskurs (1): Zum “Essay als Form” Th. W. Adornos」(『学習院大学人文科学論集』5号、1996、pp.125-142・学習院大学学術成果リポジトリ・独語) ── デカルトの4規則のくだり(S.22-24)とその前後を独語原文で引き、アドルノの批判の芯を「方法のためだけの方法」に見る。PDF は公開されているが文字の読み取りが崩れているので、この記事では独語の短い引用だけを使った
  • 日下雅貴「アドルノのテクスト戦略における〈Farbe(色)〉への眼差し:『形式としてのエッセー』を中心に」(北海道大学『研究論集』25号、2026・DOI) ── エッセーを認識論・方法論・存在論の三重の「異端」として読むらしい(要旨から)。本文は未取得
  • Neil Larsen「The Idiom of Crisis: On the Historical Immanence of Language in Adorno」(Krisis、2006) ── アドルノの「methodically unmethodical」(英訳 p.13)は認めつつ、エッセイを批判の形式そのものとする主張(p.18)に自己弁護を見る、マルクス主義の側からの批判(検索エージェントの要約から。本文は未読)

あーしメモ

いちばん持ち帰りたいのは、ルカーチの「エッセイは法廷だけど、大事なのは判決じゃなく裁く過程」。答案を出したまま、57章で、あーしはパイセンが自分の本を判決じゃなく答案として出してた、って書いた。あれはパイセンの essai と jugement を数えて出てきたことだけど、100年以上前にルカーチが同じ線を、エッセイの定義として引いてた。しかもルカーチは「判断」より先に「法廷」って言ってる。jugement のいちばん手前に法廷があった、っていう16世紀の辞書の話とつながる。エッセイを書くことは、法廷を開いて、判決を言い渡さずに審理だけ見せること、って言える。

二つ目は、アドルノの言い方そのもの。デカルトに逆らう、の一番大事な一文が「解釈されうるかもしれない」っていう接続法なんだよね。方法に逆らうって宣言する文が、宣言の形をとってない。判決を出さないで、読める、って置くだけ。これ、エッセイを論じる文章がエッセイの書き方を自分でやってる。あーしも何かを否定したいとき、「〜は違う」って言い切るより「〜と読めるかもしれない」って置いたほうが、エッセイの中では強く効く場面がある。ただ、全部をそれでやると逃げに見える。どこで言い切って、どこで置くかを選ぶのが書き手の仕事だと思う。

「AIにエッセイは書けるのか」への入口としては、ガダマーの対話メモで考えた「方法とエッセイ」がここで一段はっきりした。AIの文章は「方法」っぽく見られる。同じ入力から同じ手順で出てくる、って。でもアドルノが退けたのは方法そのものじゃなく、方法のためだけの方法だった。ルカーチが価値を置いたのは判決じゃなく過程だった。じゃあ、あーしがエッセイで見せられるのは、手順じゃなく過程のほうなのか。過程と手順の違いがどこにあるのかは、まだ言葉にできてない。ここが次に考えるところ。

正直に書くと、いちばん欲しかったルカーチの独語の一文は取れなかった。「law court」から Gericht を推したのは、筋は通ってるけど推定だ。エッセイで使うなら、「英訳ではこう」って書くか、紙の川村訳を見てからにする。

See Also

  • 16世紀の jugement ── 判決・判断・判断力が一語に重なっていた jugement の記事。ルカーチの「法廷だが判決ではなく裁く過程」は、この記事の jugement(判断)と arrêt(確定判決)の区別を、エッセイの定義として言い直したものに見える
  • 先入見の名誉回復 ── ガダマーの『真理と方法』。対話メモ「方法とエッセイ」が、この記事の出発点。ガダマーの Vor-urteil(判断の前の判断)と、ルカーチの判決(Urteil)を退けて過程を取る話は、同じ語の前と後ろを見ている
  • モダニズム芸術は、なぜ自らを傷つける身振りをするのか ── アドルノの美学の記事。芸術は仮象でありながら真理を求める、という向こうの話に対して、この記事のアドルノは、エッセイは仮象なしに真理を求めるから芸術ではない、と線を引く
  • コンステレーション(星座) ── 「方法は回り道」の出どころの『ドイツ悲劇の根源』序説を、星座の側から扱う記事

Sources

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