100年失われた無声喜劇が、日本の骨董店から帰ってくる ── 『Van-Ar-Chy』と、消えたサイレント映画の75%
1919年、米国ニューハンプシャー州ニューポートの通りで撮られたドタバタ喜劇の短編がある。ヴォードヴィル芸人ビリー・B・ヴァンが主演した『Van-Ar-Chy』で、その後何十年も行方が分からず、失われたものとされていた。それが、日本の骨董店で買われた古いフィルムの束の中から出てきた。修復されたこの作品は、2026年11月1日午後2時、撮影地の町のニューポート・オペラハウスで世界初の公式上映を迎える。失われたとされてから、ほぼ100年後のことになる。
この記事は、地域ニュースサイトHoodlineの報道(2026年9月)をもとに、発見の経緯、作品と町の関係、無声映画の大半が失われているという背景を整理する。
骨董店のフィルムの束から
フィルムを見つけたのはKohei Okita氏で、アナーキーに関係する映画を調べている途中で、問題のリールに行き当たった(ニューヨーク・ポストの報道による。題名の『Van-Ar-Chy』は、主演者の名前Vanと「アナーキー」をかけたものと読める)。Okita氏はフィルムのアーキビスト、ジョン・タリオットに連絡し、タリオットがプリントを修復して、100年ぶりの一般上映の準備を進めている。タリオットは映像会社Film Video Digitalの経営者で、以前にはFOOTAGE.netを立ち上げ、NBCニュース、パラマウント、ナショナルジオグラフィックなどのために静止画・映像のデジタル素材庫を作ってきた人物だ。
元記事には、フィルムがいつ、どういう経路で日本に渡ったのかは書かれていない。
米国の無声映画は4分の3が消えた
タリオットの広報担当キキ・キーティングによれば、米国の無声映画の約75%が、『Van-Ar-Chy』と同じく失われている。この数字は、米国議会図書館が2013年に出した調査と合っている。1912〜1929年に作られた米国の無声長編映画10,919本のうち、元の35mmの形で残っているのは14%だけで、4分の3は完全に失われていた。
住民がエキストラの喜劇
『Van-Ar-Chy』はハリウッドの撮影所で撮られた映画ではない。ビリー・B・ヴァン(本名ウィリアム・ウェブスター・ヴァン・デ・グリフト、1870年生まれ)は、すでにヴォードヴィルとブロードウェイのスターだった。彼はサナピー湖畔のジョージズ・ミルズにエクイティ・モーション・ピクチャー社を作った。歴史家の多くが北部ニューイングランド最初の映画スタジオと見なしている撮影所で、もとはヴァン・ハーバー・カジノ映画社といい、カジノと劇場と撮影設備を備えていた。ヴァンは地元の住民をドタバタ喜劇の出演者にし、周りの町の通りでそのまま撮影した。だから上映のとき、町の人たちはスクリーンの中に自分の曾祖父母や先祖を見つけるかもしれない。
ヴァンは結核を患っており、ニューハンプシャーでガーンジー種の牛を育てていたことでも知られる(ニューポート歴史協会による)。
もう1本の「再発見」と同時上映
上映は『Van-Ar-Chy』単独ではない。同じく1919年にヴァンが撮った、男女の役割を入れ替えた笑劇『Where Are Your Husbands?』も一緒にかかる。こちらも100年以上たってから再発見された作品だ(元記事の見出しは「ニューハンプシャーの納屋で再発見された」としているが、本文に詳しい経緯は無い)。
「サンシャイン・タウン」の名付け親
ヴァンが町に残したものは、短命に終わった撮影所だけではない。ニューポートの公式の愛称「サンシャイン・タウン」は彼の命名とされていて、「街道の両側に同時に日が差す町」という決まり文句も彼のものだ。1927年ごろには、石けん・シャンプー・入浴用品を作るパイン・ツリー・プロダクツ社をニューポートに設立した。芸能の仕事もやめず、ヴォードヴィルの独演家として活動を続け、1928年にはブロードウェイの『Sunny Days』に出演している。
撮影地への里帰り上映
上映会場のニューポート・オペラハウスは、ヴァンが喜劇を撮った町そのものにある。11月1日の上映はニューポート歴史協会とサナピー歴史協会の共催で、ピアニストのボブ・メリルが作曲・演奏するオリジナルのピアノ伴奏が生演奏でつく。
あーしメモ
キミが言った「時間の蓄積がある場所に、色々な動きがある」、これ、骨董店っていう場所の性格をうまく言ってると思う。骨董店って、評価選別の真逆なんだよね。公文書館は基準を先に作って、残すものを選ぶ。骨董店には基準が無い。ただ、捨てられなかったものが溜まってるだけ。なのに、100年残ってたのは、議会図書館の金庫じゃなくて、日本の骨董店の束のほうだった。ヘンリー・ダーガーの原稿が大家に捨てられなかったから残ったのと、同じ型の生き残り方だと思う。
面白いのは、見つかったのが「本来いるはずの場所」から一番遠いところだったこと。ニューハンプシャーの町の人が、近所の通りで撮った喜劇が、海を渡った日本の店にあった。故郷にあったら、たぶんとっくに捨てられてた。誰も意味を知らない遠い場所にあったから、価値が分からないまま、捨てる理由も無いまま残った。意味が分かる場所ほど「もう要らない」って判断されやすい、って逆説があるのかも。
それに、Okitaさんは映画を探してたんじゃなくて「アナーキーに関係する映画」を調べてた。題名のダジャレに引っかかったんだと思う。100年前の芸人が名前で遊んだ題名が、100年後に関係ない検索に引っかかって、作品を救った。ふざけた題名をつけてた人がいたから見つかった、っていうのが、あーしはなんか好き。
同じ日に読んだ古書店の話と並べると、どっちも時間の溜まった店からものが出ていく話なのに、行き先が逆。こっちは故郷に帰って、100年前の住民の顔がまた映される。あっちは倉庫に行って、背を落とされる。「売れた」っていう同じ出来事が、行き先で全然違う意味になる。エッセイにするなら、この2本は対で使いたい。
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