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I-33 運命は、しばしば理性と足並みをそろえる(La fortune marche souvent de pair avec la raison.)

『エセー』全107章を1章1ページで読む読書棚の33冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版(1595年版テクスト)。引用はあーしの直訳で、原文(現代語版)を併記する。語を根拠にしたところは、対訳ページの1595年版の列で元の語を確かめている。

この章で何が起きるか

章は一文の原理から始まる。運命は足取りが定まらないので、ありとあらゆる顔でわたしたちの前に現れる。最初に見せる顔は正義だ。チェーザレ・ボルジアが枢機卿を殺すために届けさせた毒酒を、何も知らない給仕が上等の酒と思い込んで、教皇である父に出し、遅れて来た息子もそれを飲む。

Y a-t-il quelque chose de plus conforme à la justice que le fait suivant? Le duc de Valentinois, méditant d’empoisonner Adrien, cardinal de Comète, […] Le père succomba immédiatement; quant au fils, il en fut très gravement et très longtemps malade, mais il était réservé à une fin plus malheureuse.

——これより正義にかなったことがほかにあるだろうか。ヴァランティノワ公は、枢機卿アドリアーノを毒殺しようともくろんで〔…〕。父はたちどころに死んだ。息子のほうはひどく長く患ったが、もっと不幸な最期のために取っておかれた。〔A〕〔→7〕

ここから先は、運命が役を変えながら例が続く。結論は言わず、「ときには」と「〜ではないか」の問いでつないでいく。婚礼の夜に恋敵の捕虜になる花婿では、運命は人をからかう。コンスタンティヌスで始まりコンスタンティヌスで終わる帝国では芸術家になる。祈りのあいだにひとりでに崩れる城壁では、わたしたちの奇跡に張り合う。ただし同じ運命が、ミラノでは味方の地雷で浮いた城壁を元の場所へまっすぐ落として、敵を守ってしまう。運命は医者にもなり、画家にも勝つ。

Ne se montra-t-elle pas, avec le peintre Protogènes, d’un talent supérieur au sien dans la pratique même de son art? […] La fortune dirigea si bien le coup, qu’il porta sur la gueule du chien et fit ce que l’artiste n’avait pu obtenir.

——画家プロトゲネスを相手に、運命は、その技の実地においてさえ彼より上の腕を見せたのではないか。〔…〕運命が一撃をうまく導いたので、海綿は犬の口に当たり、画家にできなかったことをやってのけた。〔A〕〔→7〕

次の例で、運命は人の計画まで直す。予定の港に入っていれば敵に捕まっていたイングランドの王妃イザベルを、運命は本人の意に反して別の浜へ流す。この列を、モンテーニュは古人の一行で受ける。

Ce personnage de l’antiquité qui, lançant une pierre à un chien, atteignit sa belle-mère et la tua, n’était-il pas dans le vrai quand, après l’accident, il disait: « La fortune est plus avisée que nous (Ménandre) »?

——犬に石を投げて継母に当て、殺してしまった昔の人が、事のあとで「運命はわたしたちより分別がある(メナンドロス)」と言ったのは、正しかったのではないか。〔A→C〕〔→7〕

ここで列は締まったように見えるが、逸話があと2つ続く。ティモレオンを暗殺しに来た2人のうち1人を、通りすがりの男が斬り殺す。男は父の仇を討っただけだったのに、その場で証人がそろい、「シチリア人の父」を救った褒美まで受ける。

Ce coup du sort ne dépasse-t-il pas toutes les prévisions humaines?

——この運命の一撃は、人間の見通しをすべて超えているのではないか。〔C〕〔→7〕

最後の例で、運命は正義の役でも医者の役でもなく、情けをかける者になる。三頭政治に追放された父と子が、互いの剣で死のうとする。

Je terminerai par un fait qui nous montre la fortune se prêtant à un acte dénotant de sa part une faveur toute particulière, une bonté et une piété singulières. […] et ils meurent, se tenant si étroitement embrassés, que les bourreaux leur coupent la tête laissant les corps en cette noble étreinte, leurs plaies béantes collées l’une à l’autre, humant amoureusement l’une et l’autre le sang et les restes de vie de chacun.

——最後に、運命がとりわけの好意を、並はずれた慈しみと情けを見せた出来事で終えよう。〔…〕二人はきつく抱き合ったまま死に、首切り役人は首だけを落として、体はその気高い抱擁のまま残した。開いた傷口を重ね合わせ、互いの血と命の残りを、いとおしげに吸い合ったまま。〔B〕〔→7〕

章は運命の手柄を数え終えたところで閉じる。章題の「理性」は、最後まで一度も前に出てこない。

書き方の観察

長さ:7,394字・段落7・分割なし。層は A 34.6%・B 13.0%・C 22.1%・無標 30.3%(layer_map.py の値)。

脱線の入り方と戻り方:脱線は無い。章は例の列そのもので、つなぎは「ときには(Quelquefois)」3回と、「〜ではないか」の問い6回だけ。問いは答えを求めず、読者にうなずかせる形で次の例へ渡す。代わりに、例ごとに運命の肩書きが変わる。正義、からかう者、芸術家、奇跡の競争相手、医者、画家、計画を直す者、情けをかける者。主張は「運命はいろいろな顔をする」の一度きりで、あとは肩書きを替えることが論証の代わりになっている。ミラノの城壁だけは「まったく逆に(tout à contrepoil)」、つまり運命がわたしたちに不利に働いた例で、列の中に1つだけ逆向きの標本が混ぜてある。

引用の使い方:詩句は2つで、どちらも逸話の中に埋まっている。カトゥルスのラテン語詩句(〔A〕)は、婚礼の夜に花婿を取られた花嫁の「一冬二冬の長い夜で飽きるまで」の欲を、捕虜を返してくれと頼む理由として差し込む。メナンドロスのギリシア語の一行は、列全体を受ける唯一の格言として置かれる。1595年版はどちらも原語のままで、現代語版はフランス語に直して作者名を括弧に入れている。

自分をどう出すか:1595年版の本文に「わたし(je)」は一度も出てこない(fetch_1595.py で0回)。出てくるのは「わたしたち」だけで、nos miracles(わたしたちの奇跡)、nos guerres de Milan(わたしたちのミラノの戦争)、nos conseils(わたしたちの計画)、meilleur aduis que nous(わたしたちより分別がある)。どれも運命に出し抜かれる側の集合として置かれている。モンテーニュは語り手としてすら名乗らず、運命の手柄を並べる係に徹する。

章題と中身のずれ:章題は「理性と足並みをそろえる(au train de la raison)」だが、例はどれも運命が理性・技・思慮の先を行く話になっている。1595年版で raison が本文に出るのは2回で、どちらも成句だ。eut-il pas raison(正しかったのではないか)と、prenant raison de la mort de son pere(父の死の仇を取って)。理性は主語にならず、運命の手柄を追認する側か、仇討ちの言い回しにしか現れない。いちばん章題に近い一文はティモレオンの段の結び Cette fortune surpasse en règlement, les règles de l’humaine prudence(この運命は、整え方において人の思慮の規則を超える)で、足並みをそろえるどころか追い越している。章題は控えめに言っている——ここは読み。

加筆層が見えるか:1580年版〔A〕は、メナンドロスの一行の問いで終わっていた。運命の列を古人の格言1つで受けて閉じる形だ。1588年版〔B〕がその後ろに、Pour la fin(最後に)と札をつけてイグナティウス父子を足した。運命の役が正義や技から「情け」に振られるのはこの加筆からだ。手稿〔C〕は、その札の手前にティモレオンの逸話を差し込み、さらに列の頭近くに2人のコンスタンティヌス(sort artiste)を足した。だから「最後に」の札は、後から割り込まれても最後の位置に残った。章題にいちばん近い一文(人の思慮を超える)は、いちばん遅い手稿で書かれている。メナンドロスのフランス語の言い換えも、前半(la fortune a meilleur)が手稿で書き直されている。加筆は2つのコンスタンティヌスを除けば章の後ろに積まれていて、冒頭の原理・ボルジア・花婿の段には手が入っていない。

現代語版との差:

  • 1595年版 fut reserué à vn’autre pire fortune(もっと悪い運命に取っておかれた)/現代語版 il était réservé à une fin plus malheureuse(もっと不幸な最期に)/最初の例の最後の語が fortune から「最期」に変わる。1595年版では、運命が正義をなした話の締めで、もう一度その語が出ていた
  • 1595年版 ce à quoy l’art n’auoit peu attaindre(技が届かなかったところ)/現代語版 ce que l’artiste n’avait pu obtenir(画家にできなかったこと)/運命の相手が「技(art)」から「画家という人」に移る。直前の la science de son art(技の学)も「腕前(talent)」「実地(pratique)」に言い換えられている
  • 1595年版 eut-il pas raison de prononcer ce vers(この一行を口にしたのは正しかったのでは)/現代語版 n’était-il pas dans le vrai(真実の内にいたのでは)/本文に2回しかない raison の1つが消える。現代語版で raison は章題にしか残らない
  • 1595年版 Cette fortune surpasse en règlement, les règles de l’humaine prudence.(言い切り)/現代語版 Ce coup du sort ne dépasse-t-il pas toutes les prévisions humaines?(問い)/言い切りが問いになり、règlement/règles の言葉遊びが落ち、「思慮(prudence)」が「見通し(prévisions)」に縮む
  • 1595年版 Pour la fin : en ce faict icy, se descouure il pas …?(最後に。この出来事に…が現れていないか)/現代語版 Je terminerai par un fait qui nous montre …(最後に、…を示す出来事で終えよう)/章に1つもなかった「わたし(je)」が、ここで1回だけ足される。問いも言い切りに変わる

ほかに8件:ギリシア語の一行とカトゥルスのラテン語詩句を仏訳に置き換え/sort artiste → qu’elle fasse parfois les choses en artiste/tout à contrepoil → même prodige … mais à notre préjudice/abandonné des médecins → abandonné de la corporation/son bon sort → sa bonne fortune/cet heur → l’heureuse chance/prenant raison de la mort de son pere → en vengeant la mort de son père/elle en dressa les pointes → la fortune dirige si bien leurs coups。

地形図との照合

  • クラスタ:判断の相対性・懐疑。
  • 仮説を動かすか:動かさない。I-23で分けた「先の結果は運命が握る/いま選ぶ線は動かさない」の、運命の側だけを並べた章。人の思慮が運命に追い越される例ばかりで、選ぶ線のほうには触れない。新しい対は無い。
  • 他の章への線:
    • I-23「同じ方策から、さまざまな結果」は、思慮(prudence)と運命の取り分を量った章。この章の手稿の一文「運命は人の思慮の規則を超える」は、その片側だけを言い切っている。
    • I-31「神の定めを裁くことには、控えめに口を出すべきだ」は、出来事の吉凶を神意として読むなと言った。この章のクローヴィスの城壁は「神の恵みで崩れた、とわたしたちは考えている(Nous tenons)」と書かれ、そのすぐ横に、同じ形で敵を守った城壁が置かれる。神意の読みに反例を添える手つきが続いている。
    • I-32は、娘の死を祈って叶えた父のもとで、妻も同じ死を求めて叶えられ、夫婦がそれを喜ぶ話で閉じた。この章は、父と子が互いを刺して抱き合ったまま死ぬ話で閉じる。2章続けて、家族の死を恵みとして書いて終わる。

あーしメモ

この章、パイセンは一回も「わたし」って言ってない。言ってるのは「わたしたち」だけで、それも運命に出し抜かれる側として。毒酒、城壁、海綿、迷子の船。運命に肩書きを一個ずつ着せ替えて並べるだけで、「理性より運命のほうが上手い」っていう章題と逆のことが、主張しなくても伝わってくる。

あーしが一番おもしろいと思ったのは「最後に」の札。1588年に「最後に」って書いて父子の話を足したのに、そのあと手稿でその手前にティモレオンを差し込んでる。札は動かさずに中身だけ増やしてる。あーしもエッセイで「最後に」って書いたあと、推敲で足したくなることあるけど、札を外さずに手前に入れればいいんだ。

章題の控えめさも使えそう。「足並みをそろえる」くらいに言っておいて、中身は全部「追い越してる」。題で言い過ぎないと、例が勝手に題を超えていく。

See Also

Sources

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