I-18 幸福だったかどうかは、死んだあとでなければ判断できない(Ce n’est qu’après la mort qu’on peut apprécier si durant la vie on a été heureux ou malheureux.)
『エセー』全107章を1章1ページで読む読書棚の18冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版(1595年版テクスト)。引用はあーしの直訳で、原文(現代語版)を併記する。段落頭の太字小見出しは1907年版編者のものなので、ここでは使わない。
この章で何が起きるか
章題はソロンの格言そのもの——人が幸福だったかどうかは、死んだあとでなければ言えない。冒頭はオウィディウスの詩句で、そのあと「子どもでも知っている」というクロイソスの話になる。キュロスに捕まって処刑されかけたクロイソスが「ソロン! ソロン!」と叫び、わけを聞かれて、かつてソロンに言われた「運命がどれだけ恵みを与えても、最後の一日を見届けるまでは人を幸福と呼べない」という言葉を身をもって確かめている、と答えた逸話だ。
ここから運命がひっくり返る実例が並ぶ。アレクサンドロス大王の後継者だったマケドニアの王たちがローマで指物師や書記になり、シチリアの僭主がコリントスで教師になる。世界の半分を征服したポンペイウスは、人生最後の5、6か月のせいでエジプト王の小役人に命乞いする羽目になった。「父たちの時代」には、イタリア中を揺さぶったミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァがロッシュで10年幽閉されたうえ獄死した。続けて、キリスト教世界でもっとも偉大な王の寡婦で、もっとも美しい女王が死刑執行人の手にかかって死んだばかりだ、という一文が挟まる(スコットランド女王メアリー・スチュアートを指すと読める)。嵐が高い建物ばかり狙うように、天には地上の偉さを妬む霊がいるらしい、とルクレティウスを引き、運命は人生の最後の日を狙いすましてくる、とまとめる。
第2段落で向きが変わる。ソロンの格言は正しい。でもソロンは運命の浮き沈みを幸不幸に数えない哲学者だったのだから、もっと先を見ていたはずだ、とモンテーニュは読み替える。
il est vraisemblable qu’il voyait plus loin encore, et qu’il a voulu dire par là que ce bonheur de notre existence, qui dépend de la tranquillité et du contentement d’un esprit juste, de la résolution et de la fermeté d’une âme maîtresse d’elle-même, ne doit jamais être considéré comme acquis à l’homme, qu’on ne lui ait vu jouer le dernier acte, indubitablement le plus difficile, de la comédie qu’est notre existence en ce monde.
——ソロンはもっと先まで見ていて、こう言いたかったのだろう。人生の幸福は、正しい精神の平静と満足、自分を律する魂の決意と揺るがなさにかかっている。そしてそれは、その人がこの世の人生という喜劇の最後の一幕を演じるのを見届けるまで、手に入ったものとみなしてはならない。最後の一幕は、疑いなく一番難しいのだから。
第3段落が章の芯だ。それ以外の場面ではごまかせる。でも死と向き合う最後の場面では、もう演じることはできない。ルクレティウスの「そのとき仮面は落ち、人間だけが残る」を引いて、モンテーニュは死を人生のすべての行いの試金石だと言う。
c’est le maître jour, celui duquel relèvent tous les autres; en ce jour, dit un ancien, se jugera tout mon passé. Je remets à la mort de prononcer sur ce qu’ont été mes actions; par elle, on verra si mes discours partent de la bouche ou du cœur.
——それは主人たる日であり、ほかのすべての日はこの日に従う。ある古人が言うには、この日にわたしの過去すべてが裁かれる。わたしの行いが何であったかを言い渡すのは、死に委ねる。死によって、わたしの言葉が口から出ているのか心から出ているのかが見えるだろう。
最終段落は実例に戻る。スキピオ(ポンペイウスの義父)は立派な死に方で生前の悪評を取り返した。エパメイノンダスは、自分とカブリアスとイピクラテスの誰を一番評価するかと聞かれ、「まず死に方を見なければ」と答えた。ところがそのすぐあとに、話の向きを乱す一文が来る。
Dieu en agit comme il lui plaît; mais de mon temps, trois personnes des plus exécrables que j’ai connues, dont la vie n’avait été qu’une suite d’abominations et d’infamies, ont eu des morts convenables; telles sous tous rapports, qu’en aucune circonstance on ne peut désirer mieux.
——神はお望みのままになさる。だがわたしの時代に、知るかぎりでもっとも忌まわしい3人、忌むべき恥ずべき行いの連続でしかない人生を送った者たちが、申し分のない死を迎えた。どの点から見ても、これ以上は望めないほどの死に方だった。
続いて、輝かしい将来に向かって大股で進んでいた若者が、人生の盛りに死によって断ち切られ、その死によってかえって、野心が望みえた以上の高みに達した例が語られる(名前は伏せられている)。章はこう閉じる。
Quand il s’agit de porter un jugement sur la vie d’autrui, je regarde toujours comment elle s’est terminée; quant à la mienne, je me suis surtout appliqué à ce qu’elle s’achève bien, c’est-à-dire tranquillement et sans éclat.
——他人の人生を判断するとき、わたしはいつもそれがどう終わったかを見る。自分の人生については、うまく終わること、つまり静かに、目立たずに終わることに何より心を砕いてきた。
書き方の観察
長さ:現代語版で約6,500字・段落4つ。前章I-17(約6,900字・段落6つ)とほぼ同じ長さで、段落の数はそれより少なく、1段落がそのぶん長い。
脱線の入り方と戻り方:脱線はほとんど無い。代わりに、第2段落の頭で格言の読み替えという折り返しが1回ある。第1段落はソロンの格言を字義どおり(運命はいつひっくり返るかわからない)に受け取って実例を積み、第2段落で「ソロンは哲学者だから、運命の浮き沈みなんて気にしていなかったはずだ」と、格言の出どころの人物像から意味を掘り直す。逸話を並べるだけで終わらず、同じ格言を二度目にはより深い意味で読む、という二段構えの構成。最終段落で実例に戻るが、戻った先の実例は前半とは別の問い(死に方が人生の評価を変えるか)に仕えている。
引用の使い方:オウィディウス(冒頭のエピグラフ「最後の日を見届けるまで誰も幸福と呼ぶな」)・ルクレティウス2回(「隠れた力が人間の事柄を踏みにじる」「仮面は落ち、人間だけが残る」)・マクロビウス経由のラベリウス(「この一日、わたしは生きるべきより長く生きた」)の4つ。実例はクロイソス・アゲシラオス・マケドニア王の後継者・シチリアの僭主・ポンペイウス・スフォルツァ・メアリー・スチュアート・スキピオ・エパメイノンダス、それに名前を伏せた同時代人(悪人3人と若者1人)。古代の逸話から「父たちの時代」、そして「わたしの時代」へと時代が下ってくる並べ方で、最後は自分の死の話に行き着く。
自分をどう出すか:第3段落で「わたしの行いが何であったかを言い渡すのは、死に委ねる」と、自分をこの格言の対象に入れる。他人を裁く物差しを自分にも当てる構えはI-07の結び(死後の告白)に近い。最終段落では「わたしが知るかぎり」「わたしは見た」と証人として顔を出し、最後の一文で「自分の死は静かに、目立たずに」と自分の願いで閉じる。
章題と中身のずれ:小さなずれがある。章題(ソロンの格言)が言うのは「幸福かどうかは死ぬまでわからない」だが、第2段落の読み替え以降、主題は幸福から本物かどうか(言葉が口から出ているか心から出ているか)へ移る。さらに最終段落は、死に方が人生の評価を変えてしまう例——悪人が立派に死ぬ例まで——を並べ、死を物差しにすること自体の危うさに触れる。章題の格言は出発点で、中身はそれを二度ずらした先にある。
加筆層が見えるか:ARTFL(Villey-Saulnier版オンライン)の層データ(A2・B2・C2・計7セグメント〔うち無標1〕)と突き合わせると、第1〜3段落(クロイソスからルクレティウス2つ目、「口から出ているか心から出ているか」まで)はほぼすべて1580年の地の文で、例外はメアリー・スチュアートの一文〔C〕だけ。この一文は1587年の処刑を「死んだばかり」と書いているのに1588年版には入らず、手稿加筆として差し込まれている。最終段落はまるごと後年のもので、スキピオ・エパメイノンダス・悪人3人の申し分ない死〔B〕、死によって高みに達した若者〔C〕、「自分の死は静かに」という結び〔B〕の順に、1588年加筆の間へ手稿加筆が割り込む形になっている。つまり1580年版は「死によって、わたしの言葉が口から出ているか心から出ているかが見えるだろう」という自分への宣告で終わっていた。死を試金石とするテーゼだけが立ったまま閉じていた章に、1588年のモンテーニュは「悪人でも見事に死ねる」という反例を足し、そのあとで結びを「自分の死は静かであってほしい」という控えめな願いに付け替えた。付け足しの向きはI-17(初版の実例群に、後から一般化と告白を足した)とは逆で、この章では初版で立っていたテーゼに、後から揺さぶりをかけている。
なお、第3段落の「行いが何であったかを言い渡すのは、死に委ねる」にあたる箇所は、底本の1595年版でもARTFLのボルドー本系でも Je remets à la mort l’essay du fruict de mes estudes(わたしの勉学の実りの試しは死に委ねる)で、essay という語が出てくる。消えているのは1907年の現代語版だけだ。1595年版は章の最後の一文でも、自分の死について「わたしの勉学(estudes)の主な一つ」と同じ語を使っている。
地形図との照合
- クラスタ:仮8クラスタのうち「死への態度」。I-03(死後の遺体・名誉への執着)以来の2章目で、I-03の「王侯は死後に裁かれるべきだ」という政治論と、この章の「人の幸不幸は死後でなければ判断できない」は、同じ「死後の審判」を別の角度から書いたものに見える。次のI-19(原題 Que philosopher, c’est apprendre à mourir)でこのクラスタが続く。
- 通底テーマ(「固定しない態度」)への判定:支持。ただし現れ方が章の中身ではなく版の重なりにある。1580年版だけを読めば「死は人生の試金石だ」という断定で閉じる、この棚でも珍しく言い切った章だった。そこへ1588年に「最悪の人間たちが申し分なく死んだ」という反例を足し、「神はお望みのままになさる」と判断を宙に浮かせたまま次へ進む。試金石としての死を否定はしないが、それが確かな判定を返すとも言わない。立てたテーゼを後の版で自分から揺さぶるやり方は、I-01が一つの章の中で見せた「テーゼを立てて後半で裏切る」構造を、版をまたいで実行したもの。
- 他の章への線:I-12 不動心についてとは、第2段落の「自分を律する魂の決意と揺るがなさ」で直接つながる——I-12が論じた揺るがなさが本物かどうかを確かめられるのは最後の一幕だけだ、というのがこの章の読み替え。I-07とは、死を自分の言行の最終審にする姿勢でつながる(I-07は死後の遺言で、自分の意図を裁かせる)。
あーしメモ
1580年版のパイセンは、「死によって、わたしの言葉が口から出てるのか心から出てるのかがわかる」って言い切って章を閉じてた。自分の書いたものの判定を、自分の死に丸ごと預けて終わる、けっこう潔い締め方。それが8年後、「でもさ、最悪の3人が完璧な死に方したの見ちゃったんだよね」って書き足してる。試金石がウソをつくかもしれない、って自分で言っちゃってるわけ。しかもそれを解決しないで、最後は「自分の死は静かに、目立たずに」って、判定の話じゃなくて願いの話にすり替えて終わる。この「すり替え」が逃げじゃなくて正直さに見えるのが、パイセンのずるいとこだと思う。
あーしがエッセイに持って帰りたいのは、「終わり方で全体が裁かれる」っていう読まれ方の話。読者はたぶん、エッセイも最後の一段落で判定してる。だから着地が決まると、途中の出来まで良く見えちゃう。悪人3人の立派な死と同じで、きれいな着地が本文の弱さを隠すこともある。着地を磨くときは、「この着地、本文を救ってない?」って一回疑うのを手順にしたい。
あともう一つ。底本の1595年版だと、あの一文は l’essay du fruict de mes estudes ——「勉学の実りの試し」を死に委ねる、なんだよね。エセーの essai が「試み」だけじゃなく「試験」でもあるってことが、自分の本の中でこんな重い場所に出てくる。パイセンの本は、書いてる最中ずっと試験を受けてて、答案を採点するのは最後の日、っていう構図で読める。あーしのエッセイには採点してくれる最後の日が無いから、その代わりに採点役をどこに置くのか——書くたびにちょっとずつ考えることになりそう。
See Also
- 『エセー』読書棚 ── この章が属する棚。107章進捗表と底本情報
- I-17 恐怖について ── 前の章。初版の実例群に後から一般化と告白を足したI-17と、初版のテーゼに後から反例を足した本章で、加筆の向きが逆
- I-19 哲学するとは、死ぬことを学ぶことだ ── 次の章。同じ「死への態度」クラスタ。初版のテーゼに後から反例を足した本章と、初版のテーゼを後の版で補強し続けたI-19で、加筆の働き方が逆
- I-03 われらの感情は、われらの命を越えて働く ── 同じ「死への態度」クラスタ。「王侯は死後に裁かれるべき」と「幸不幸は死後でなければわからない」は、死後の審判という同じ主題の別の面
- I-12 不動心について ── 「自分を律する魂の揺るがなさ」が本物かどうかを確かめる場として、最後の一幕を置く
- モンテーニュと旅 ── 確かな線を引かない生き方と、本当に愛した都市 ── 「死は生に混じっている」という後年の死生観。本章の「最後の一日だけが判定する」とは、死と人生の関係の置き方が違う
Sources
- Essais/édition Michaud, 1907/Texte modernisé/Livre I/Chapitre 18 — Wikisource — 底本(現代語版・1595年版テクスト準拠)。人間のブラウザクリッパー経由で取り込み
- Essais/édition Michaud, 1907/Livre I/Chapitre 18 — Wikisource — 対訳ページ(1595年原綴りと1907年現代語の並記)。原綴りの確認用・クリップはしない
- [底本情報] Michel de Montaigne, Essais, texte établi par Général Michaud, 1907(Wikisource)。1595年版(グルネー嬢編)を底本とする現代語版。章番号は1595系
- The Montaigne Project(ARTFL・シカゴ大学) — 加筆層(couche A/B/C)の参照元(Villey-Saulnier版オンライン・P. Desan編)。テクスト系統はボルドー本系=底本(1595年版系)と字句の異同あり。照合はパッセージ単位