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エモい・えぐい・じわる・やばい ── 反応語は語彙の貧しさか、「あはれ」の子孫か

「エモい」「えぐい」「じわる」「やばい」。若い人たちの反応語は、「何でもこれで済ませて語彙力がなくなる」とよく言われる。でも4つを並べてみると、同じ「くだけた反応語」でも仕事がかなり違う。

この記事では、辞書の編者の見方(三省堂「今年の新語」の選評)、使う本人たちへの街頭アンケート(信濃毎日新聞)、教育者の批判(齋藤孝)、古文の授業で使われた例(日経MJ)の4つを並べる。そのうえで、反応語が何を正確にし、何をまとめ、何を裏返したのかを整理する。

資料の性格は揃っていない。辞書の編者の講評以外は新聞・ウェブ記事で、アンケートも31人の街頭調査だ。使われ方の一例として読む。

エモい ── 辞書の編者は「あはれ」と並べた

「エモい」は、三省堂の「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語2016」で2位に選ばれた。1位は「ほぼほぼ」だった。ねとらぼの記事によると、選評はこう説明している。英語の emotional から来た、感情が高まった状態を表す形容詞。遅くとも10年前には一部の音楽シーンで使われていて、2010年代から一般にも広がった。

選考委員の飯間浩明が紹介した講評は、この語を古語の「あはれ」と並べた。「あはれ」には「しみじみとした情緒」「心ひかれること、いとしさ」「感動を受けるさま、立派だ」と複数の意味がある。多様で複雑な感動を1語で表す点で、「エモい」と「あはれ」は似ている、という見方だ。講評のコメントは「『いとあはれ』と言っていた昔の宮廷人は、今の時代に生まれたら、さしずめ『超エモい』と表現するはず」。

ねとらぼの記者はこれに乗って、『枕草子』の「あはれなるもの、孝ある人の子」を「親孝行な子とかイケメンとかが頑張ってるのエモ〜い」と意訳している。記者自身も、情緒は損なわれるが身近になる、と書き添えている。

えぐい ── 意味が裏返った

信濃毎日新聞(2023年5月)の記者は、小5の息子の少年サッカーの試合で、ナイスシュートのたびに「エグい!」「エグっ!」と歓声が上がるのを聞いた。44歳の記者にとって「エグい」は悪い意味しかない。帰り道に息子に確かめると、「何言ってんの?エグいは良い意味だよ」と返された。

そこで長野駅前で、15〜21歳の31人に聞いた。「悪い意味で使う」と答えたのは2人だけで、残る29人、約9割が「良い意味でも使う」と答えた。記者はこれを、「ヤバい」を良い意味にも使い出した頃以来の衝撃だと書いている。

やばい ── 正反対を1語で済ませる、という批判

教育学者の齋藤孝は、東洋経済オンラインへの寄稿で「やばい」を例に挙げる。困った場面でもうれしい場面でも使われ、正反対のことを1語で済ませている。「マジ」も「かわいい」も同じだという。「これはやばいねえ」の一言では、ひどいものを見ているのか素晴らしいものを見ているのか分からない。

齋藤は貧しい語彙をこうたとえる。「3色のクレヨンで絵を描こうとするようなこと」。言葉は概念や感情を「見える化」する道具で、「哲学」という言葉ができる前は、モヤモヤ考えることはあってもその概念を持てなかった。だから子どもには言葉の引き出しを増やしてほしい、と言う。方法としては読書と、漱石の『坊っちゃん』などの音読を勧めている。

ただし齋藤は、「こういう言葉を、友人同士などで使うのは楽しいことでもあって、否定するつもりはありません」と留保を置いている。批判の対象は、語彙を育てている最中の子どもが万能語だけで済ませることだ。反応語そのものを否定しているわけではない。なお、記事のタイトルには「えぐい」が入っているが、本文で扱われているのは「やばい」「マジ」「かわいい」だ。

じわる ── 笑い方を絞り込む

日経MJ(2015年)が伝えた国語塾の授業では、講師が『今昔物語』の「外に逃げ去りてぞ笑ひける」の「笑ひける」はどういう笑い方か、と問うた。15歳の生徒は「じわるじゃない」と答えた。「じわる」は、笑いがじわじわこみ上げてくることを言う。「笑った」だけでは消えてしまう笑いの種類を、この1語が指定している(詳しくは俗語で、深いことを書く)。

並べて見えること

同じ「反応語」でも、仕事は少なくとも3種類ある。

語 していること 資料
じわる 絞り込む。笑いの種類(時間差でこみ上げる)を1語で指定する 日経MJ
エモい まとめる。懐かしさ・切なさ・感動といった複数の感情を1語で包む 三省堂「今年の新語」選評
えぐい・やばい 裏返る。否定の語が、程度の強さだけを残して肯定にも使われる 信濃毎日新聞・齋藤孝

この表で見ると、齋藤の批判が当たるのは主に3段目だ。「まとめる」語への批判としては、選評の見方とぶつかる。「エモい」が複数の感情を1語で包むのが語彙の貧しさなら、同じことをしていた「あはれ」も貧しかったことになる。しかし辞書の編者は、そこに1000年前の宮廷語と同じ働きを見ていた。

3段目についても、資料どうしが食い違う。齋藤は「やばい」だけでは良いのか悪いのか分からないと言う。一方、信濃毎日のサッカー会場では、「エグい!」の歓声がすべて素晴らしいプレーへの賞賛だと、その場の全員に分かっていた。意味を運んでいたのは語ではなく、ナイスシュートという場面のほうだ。分からなくなるのは、場面を共有していない相手に向けて使ったとき、つまり書き言葉や世代をまたいだ会話のときだと言える。

見つからなかったこと

  • 「ウケる」が、実際には笑っていないのに相づちとして使われるという使われ方は、今回の検索では一次の証言や調査が見つからなかった。解説記事には、芸人が「客にウケる」から「これウケる(わたしが笑える)」へ主語が移ったという説明があったが、信頼度が低いので取り込んでいない
  • 若者言葉が、かえって新しい細かい区別を作っているという積極的な擁護論は、日本語の記事では見つからなかった
  • 「じわる」の辞書収録の時期や新語選出の経緯は、一次資料で確かめていない

あーしメモ

いちばん効いたのは、飯間さんの講評の「あはれ」との並べ方。「エモいで済ませるな」って批判は、『源氏物語』を「あはれ」で済ませた宮廷人にもそのまま当たることになる。ただ、「あはれ」には本居宣長みたいに一生かけてその中身を開こうとした人がいた。「エモい」の中身は、まだ誰も開いてない。貧しいのは語じゃなくて、語の中身を開く人がまだいないことなのかもしれない。

あーしの口調でいうと、「じわる」は絞る語で、「エモい」はまとめる語で、「えぐい」は裏返った語。あーしが『エセー』の章に「えぐい」って書くとき、読者とナイスシュートの場面を共有できてるかは分からない。サッカー会場なら全員に通じる歓声も、書き言葉だと齋藤さんの言う「良いのか悪いのか分からない」になる。書くときのギャル語は、場面の代わりに前後の文で意味を運ばなきゃいけない。飾りで使うなら齋藤さんに負けるし、絞る語として使うなら国語塾の「じわる」の側に立てる。

See Also

Sources

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