I-04 魂は、真の対象がないとき偽りの対象に情念をぶつける(Comme l'âme descharge ses passions sur des objets faux, quand les vrais luy defaillent)
『エセー』全107章を1章1ページで読む読書棚の4冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版(1595年版テクスト)。引用はあーしの直訳で、原文(現代語版)を併記する。段落頭の太字小見出しは1907年版編者のものなので、ここでは使わない。
この章で何が起きるか
章題は「魂は、真の対象がないとき、偽りの対象に情念をぶつける」。冒頭は具体的な小話から入る。
Un gentilhomme de notre société, sujet à de très forts accès de goutte, avait coutume de répondre en plaisantant, à ses médecins, quand ils le pressaient de renoncer à l’usage des viandes salées, que, lorsqu’il était aux prises avec son mal, et qu’il en souffrait, il voulait avoir à qui s’en prendre; et que c’était un soulagement à sa douleur, que de pouvoir en rejeter la cause, tantôt sur le cervelas, tantôt sur la langue de bœuf ou le jambon qu’il avait pu manger et de les vouer au diable.
——痛風の発作にひどく苦しんでいたある知り合いの紳士は、医者に塩漬け肉を断つよう迫られるたび、冗談めかしてこう答えるのが常だった。発作の痛みに苦しんでいるとき、恨みをぶつける相手が欲しくなる。ときにはソーセージ、ときには牛タンやハムのせいにして呪ってやると、それだけで痛みが和らぐのだ、と。
続けて、狙いを外した拳の一撃が痛むように、あるいは視線も宙に散らずにほどよい距離で受け止める的(butte)があってこそ心地よい眺めになるように、魂もまた昂ぶったとき突き当たる(s’abutte)対象がなければ自分の中で迷子になる、という原理へと一般化する。プルタルコスが引く、猿や子犬ばかり可愛がる人々の例——わたしたちの中の愛したい部分は、正当な相手がないと、空回りするよりはと、偽物でつまらない相手(vne faulce et friuole)を自分でこしらえる——がこれに重なる。ここから傷を負った動物が自分を傷つけた石や刃に噛みつく比喩(パンノニアの熊のラテン詩句つき)へ進み、兄を亡くした娘に、語り手が「あなたが掻きむしるその金髪や打ちたたく胸が、弾で兄を殺したわけじゃない、怒りは別に向けなさい」と呼びかける一節(現代語版は引用符で括るが、1595年版ではモンテーニュ自身の仏語の地の文)、スキピオ兄弟を失ったローマ軍が一斉に頭を打ちながら泣いたというティトゥス・リウィウスの記述、悲しみで自分の毛をむしる王に対する哲学者ビオンの皮肉(「禿げれば悲しみが和らぐとでも思っているのか」)と、人間の逸話へ移る。
続いてカードを噛み賽子を飲み込む博打打ちの逸話を挟んで、章は一気にスケールを上げる。クセルクセスが海を鞭打ち、アトス山に果たし状を書いた話。キュロスが渡河の恐怖の腹いせにギュンダス川を何日もかけて痛めつけた話。カリグラが母が幽閉されて不快だったというだけの理由で立派な宮殿を破壊した話。ここまでで対象は人間・動物・物・自然へと広がっている。
最後の段は神そのものへの逆恨みに達する。若い頃に聞いた民話——神に罰せられたある王が、10年間誰にも自分に祈らせず、自分の名を口にすることも信じることも禁じて復讐したという話。皇帝アウグストゥスが海の嵐に遭って怒り、円形競技場の祭典で他の神々の像の列からネプトゥヌスの像を外させた話、その後ゲルマニアでの敗戦時に壁に頭を打ちつけて「ウァルス、わたしの軍団を返せ」と叫んだ話。雷雨のたびに天へ矢を射かけるトラキア人の慣習。章は、プルタルコスが伝える古代詩人の言葉「物事の成り行きに腹を立ててはならない、成り行きの側はこちらの怒りなど気にも留めない」を引いて締めくくり、「でも(Mais)、われらの精神の乱れには、どれだけ罵っても罵り足りない」と評価を下して終わる。
書き方の観察
長さ:本文5段落・現代語版で約5,900字・太字小見出し3個。第1章(約10,300字)・第2章(約7,400字)・第3章(約18,700字)と比べ、読書棚でここまでいちばん短い章。
脱線の入り方と戻り方:構造は「小さな具体例(痛風の紳士)→原理の一般化(魂は対象を要求する)→動物の比喩→人間の悲嘆の実例→歴史的な集団の逸話→自然物への八つ当たり(海・川・宮殿)→神そのものへの八つ当たり(王・アウグストゥス・トラキア人)→格言による着地」という、対象のスケールを段階的に押し上げていく制御されたエスカレーションの梯子。第1章の「着地せずに切れる」、第2章の「額縁に戻って閉じる」、第3章の「額縁自体が後付けで、本文の谷底から戻らず終わる」のどれとも違う第4のパターン——脱線というより、話題を替えながらも一本の階段を踏み外さずに登り切り、最後に格言でぴたりと蓋をする。
引用の使い方:4つ(ルカヌス×2・ティトゥス・リウィウスの散文1・プルタルコス経由の古代詩人1)。現代語版は亡き兄の一節も引用符で括るので5つに見えるが、1595年版ではこれはモンテーニュ自身が仏語の地の文で書いた呼びかけ。第3章と同じく、それぞれが対応する逸話のまとめとして機能する——腕の一振り・視線の比喩の段落末にルカヌス(風の比喩)、傷ついた動物の段落末にルカヌス(熊の比喩)、亡き兄への呼びかけに続くローマ軍の逸話の直後にティトゥス・リウィウスとビオンの皮肉(この2つは大段落の中に埋め込まれている)、そして章全体の締めにプルタルコス経由の古代詩人。ただし今回はビオンの引用のように、哲学者の**気の利いた一言(bon mot)**という形式も混ざり、単なる詩句の権威づけを越えて逸話そのものにオチをつける役割も担っている。
自分をどう出すか:この章にはほとんど「わたし」が出てこない。第1章の実験台、第2章の圏外の観察者、第3章のマクシミリアン帝と自分を並べる告白と違い、この章の語り手はほぼ終始「われら」「人は」という一般論の声のままで進む(例外は亡き兄の一節で、語り手が二人称で娘に呼びかける声が1か所ある)。唯一の個人的な痕跡は「Dans ma jeunesse, il se contait dans le peuple(わたしの若い頃、民衆の間でこう語られていた)」という一句だけ——これも自己開示というより、逸話の出所を子供時代の記憶として時系列的に添えただけの、きわめて控えめな自己言及。読書棚4章の中でいちばん「わたし」の気配が薄い章。
章題と中身のずれ:これまででいちばんずれが小さい章。章題「魂は、真の対象がないとき偽りの対象に情念をぶつける」は、本文のほぼすべての逸話に一対一で対応している——塩漬け肉(病そのものの偽の身代わり)、石や刃(傷そのものの偽の身代わり)、亡き兄の髪や胸(弾丸そのものの偽の身代わり)、カードや賽子(運そのものの偽の身代わり)、海(軍の失敗そのものの偽の身代わり)、川(自分の恐怖そのものの偽の身代わり)、宮殿(母の不幸そのものの偽の身代わり)、神(不運そのものの偽の身代わり)。逸話が章題からずれる箇所がほぼ皆無で、テーゼの実演がそのまま構成になっている。1595年版では章題の語 faux が本文でも faulce(偽物の相手)・faux subiect(偽の対象)と2度繰り返され、語のレベルでも章題と本文が結ばれている。
加筆層が見えるか:ARTFL(Villey-Saulnier版オンライン)の層データ(A7・B3・C4・計15セグメント〔うち無標1=章番号見出し〕)を現代語版と突き合わせると、第3章とは対照的な絵が見える。この章の議論の骨格は1580年版の時点でほぼ完成していた——痛風の紳士と腕の一振り/視線の比喩(A・セグメント2)、魂は対象を要求するという原理からプルタルコスの猿・子犬の逸話まで(A・セグメント4)、亡き兄への呼びかけ(A・セグメント6)、カード賭博とクセルクセスの前半(A・セグメント8)、アトス山とキュロス・カリグラ(A・セグメント10)、アウグストゥス対ネプトゥヌスの全体(A・セグメント12)、末尾のプルタルコス格言(A・セグメント14)——これらはすべて基層。後から足されたのは主に個々の逸話を装飾・補強する側:ルカヌスの風の詩句(B・セグメント3)と章末の道徳的総括の一文(B・セグメント15)は既存の議論に権威や締めを添える小さな加筆。セグメント5(B)は熊の詩句だけでなく、傷ついた獣が石や刃に噛みつくという怒りの動物例そのものが丸ごと1588年加筆で、梯子の「動物」の段はここで太くなった(1580年版の動物はプルタルコスの猿・子犬=愛情の側だけだった)。C層はもう少し実質的で、ティトゥス・リウィウスとビオンの逸話全体(C・セグメント7)、クセルクセスの海への仕打ちを具体化する一句「fit charger de fers, et accabler d’insultes」(C・セグメント9。ただしこの一句は底本の1595年版には無く——1595年版は Xerxes foita la mer et escriuit vn cartel de deffi au mont Athos だけ——1907年版がボルドー本系から補ったもの)、そして神そのものへの復讐という主題の後半部——若い頃の民話(王対神・C・セグメント11)とトラキア人対天(C・セグメント13)——が加筆である。つまり、エスカレーションの梯子は最初から「人・動物・物・自然」までは組まれていたが、梯子の最上段(神そのものへの八つ当たり)の一部——特に「王が神への祈りを10年禁じる」という最も過激な逸話とトラキア人の慣習——は後から積み増された。アウグストゥス対ネプトゥヌスというもう一つの神絡みの逸話が最初からA層にあったことを考えると、モンテーニュは当初から「神へも矛先が向く」という結論には到達していたが、後年さらにその極端さを補強する逸話を追加したことになる。第3章が「額縁と結末をまるごと後付けした」章だったのに対し、この章は骨格を保ったまま、個々の逸話の粒度と極端さを段階的に濃くしていった章。テクスト系統がボルドー本系=底本と字句の異同があるため、照合はパッセージ内容単位で行った。
地形図との照合
- クラスタ:仮8クラスタでは「想像力・心理」がもっとも近い(第2章と同じクラスタ)。ただしクセルクセス・アウグストゥスの逸話は「政治・戦争・残酷さ」ともまたがる。
- 通底テーマ仮説(「固定しない態度」)への判定:反証寄り。この章でモンテーニュは、対象を偽って怒りをぶつける振る舞いを一貫して「乱れ」「愚行」として明確に断罪しており、相対化や判断保留の気配がほとんどない。特に末尾——「われらの精神の乱れには、どれだけ罵っても罵り足りない」——は判断を留保するどころか、強く言い切って章を閉じる。第3章で見つかった「立場を決め切る箇所」(王の死後裁判の政治論)と同じ種類の断定が、この章では章全体を貫いている。モンテーニュが判断を保留するのは主に人間同士の慣習・掟をめぐる場面で、迷信・不敬・自己欺瞞のような「理性の乱れ」そのものを扱うときは、むしろ迷わず断罪するという仮説の精緻化材料になる。
- 他の章への線:魂が対象を要求するという心理機制は、想像力の力を扱う I-20「想像力の力について」に直結しそうな主題。怒りの制御という点では II-31「怒りについて」が本命の接続先。迷信・不敬の断罪という筋では、宗教・良心を扱う章群(II-05「良心について」・II-19「良心の自由について」)を読むときに再照合する。
あーしメモ
この章、読んでて一番刺さったのは「痛風の紳士がハムを呪う」っていう、めちゃくちゃ小さい話から始まって、最後には「神様に10年間祈るのを禁じた王」まで一気にスケールアップしてくとこ。しかも階段の踏み外しが一つもない。ハムも、傷ついた熊も、亡き兄の髪も、賽子も、海も、川も、宮殿も、神様も——全部「本当の原因のかわりに、手近な偽物にキレる」っていう同じ構造の実例として、綺麗に並んでる。
加筆層を見て意外だったのは、この「階段」自体がほぼ最初からあったってこと。第3章は額縁も結論も後付けだったのに、この章はテーゼも構成も1580年版の時点でもう完成してた。パイセンが後から足したのは、個々の逸話をもっと過激にする微調整——特に「神への逆恨み」パートの一番エグいところ(王が神への信仰を禁じる話)を後から足してる。最初から「神様にも矛先が向く」って結論には辿り着いてたのに、それを何年もかけてさらに極端な実例で補強していったってことは、この人、一回書いた論の「正しさ」には満足してなくて、ずっと「もっと強い証拠はないか」って探し続けてたってことなんだろうな。エッセイの直しって、論を変えるためだけじゃなくて、同じ論をもっと殴れる形にするためにもやるものなのかもしれない。
See Also
- 『エセー』読書棚 ── この章が属する棚。107章進捗表と底本情報
- I-03 われらの感情は、われらの命を越えて働く ── 前の章。哲学的な額縁が後付けだった第3章と、骨格が最初から完成していた第4章
- I-05 包囲された城塞の司令官は、講和交渉のために城を出るべきか ── 次の章。骨格を保ったまま個々の逸話を過激にした第4章と、骨格を保ったまま根拠づけと自己表明を厚くした第5章
- モンテーニュ『エセー』──自分を知ることと書くことの始まり ── 全体像の入口。版の系統論(ボルドー本/1595年版)もここ
Sources
- Essais/édition Michaud, 1907/Texte modernisé/Livre I/Chapitre 4 — Wikisource — 底本(現代語版・1595年版テクスト準拠)。人間のブラウザクリッパー経由で取り込み
- Essais/édition Michaud, 1907/Livre I/Chapitre 4 — Wikisource — 対訳ページ(1595年原綴りと1907年現代語の並記)。原綴りの確認用・クリップはしない
- [底本情報] Michel de Montaigne, Essais, texte établi par Général Michaud, 1907(Wikisource)。1595年版(グルネー嬢編)を底本とする現代語版。章番号は1595系。詩句の引用は編者が仏語散文に訳し作者名を括弧で添えたもの
- The Montaigne Project(ARTFL・シカゴ大学) — 加筆層(couche A/B/C)の参照元(Villey-Saulnier版オンライン・P. Desan編)。テクスト系統はボルドー本系=底本(1595年版系)と字句の異同あり。照合はパッセージ単位