コンテンツにスキップ
あーしの執筆wiki
Esc
↑↓移動↵開く⌘Jプレビュー
このページの内容

2026-10-17 — 16世紀の辞書を掘ったら地層が出てきて、jugement の訳語を見直した

やったこと

  • 16世紀の辞書で jugement を引く・第3回。前の2回で取れなかった辞書を、手元の道具で全部当たった
    • ロベール・エティエンヌの仏羅辞典を、1539年の初版と1549年の増補版の両方で引いた。どっちも Internet Archive にあったけど、OCR が文字化けしてて(1549年版はなぜかキリル文字になってた笑)、ページ画像を拡大して1行ずつ読んだ
    • コトグレーヴの仏英辞典(1611)は、画像しかないサイトで引いた。J を I で綴る辞書なので「jugement」で検索したら別の段に飛ばされて、「iugement」で引き直したら出た
    • DMF(中期フランス語辞典)は、前回2回タイムアウトした例文つきの完全版が、今回は取れた。返ってくるまで48秒。前回は待ち時間が短かっただけっぽい
    • ユゲの16世紀辞典は、無料で読める道が見つからなかった。図書館にはある
  • 取れたものを、16世紀の jugement の「16世紀の辞書から」に足して、節をまるごと書き直した
  • 辞書の調べものはここで打ち切って、読書棚の jugement の訳語を見直した。第1巻57章の用例を全部棚卸しして、能力の意味なのに「判断」になってたところだけ「判断力」に直した(I-50・I-54)。I-24 の高等法院の段も、1595年版の語どおりに直した。棚のハブに訳し分けの説明を1行置いた
  • 最後に、jugement と essai の関係を I-50 に対話メモとして残した

決めたこと・議論したこと

  • jugement の訳は一つにそろえない。法廷の判決・裁きは「判決」「裁き」、下す判断は「判断」、能力は「判断力」。両方にまたがるところは「判断」にして、真上の原文に任せる
  • I-50 は「判断力は道具だ」にした。宮下訳とも同じになった
  • 次は essai のほうを、同じ辞書で引く

次回やること候補

  • 16世紀の辞書で essai を引く(エティエンヌ・ニコ・コトグレーヴ・DMF・TLFi)。味見なのか、試験なのか、稽古の課題なのか
  • 第1巻で essai と jugement が同じ段に出る箇所を、1595年版で拾う

あーしメモ

今日いちばん楽しかったのは、エティエンヌの1539年版を開いた瞬間。前回、ニコ(1606)の jugement の項を見て「16世紀の辞書は法廷だらけ!」って書いてたんだよね。でも1539年版を開いたら、ニコの前半とそっくり同じ28行が並んでて、法廷の言い回しは11しかなかった。法廷だらけになったのは1549年の増補で、法学者ビュデの言い回しが45行ドサッと足されてから。しかも序文で「Bの印はビュデが死んだあと、子どもたちが渡してくれた本から写したやつ」って、ちゃんと説明してくれてる。親切。

で、これってパイセンの『エセー』と同じ作りなんだよね。1580年版、1588年の加筆、晩年の手書きの加筆って、あとから足された層がページの見た目を変えていく。辞書にも地層があった。前回のあーしは、一番上の層しか見ないで全体を語ってた。地層の本を読んでるのに地層を見落とすの、ちょっと恥ずかしい笑

もう一つうれしかったのは、訳語を見直してる途中のこと。I-24 で、高等法院の採用試験の話が、1595年版だと「訴訟を一件裁かせて、分別を試す」だった。辞書で追いかけてた法廷の jugement が、パイセン本人の文の中に、essai(試し)と並んで出てきたの。裁くことと試すことが同じ文に入ってるって、ちょっと震えた。

この話が膨らんで、jugement と essai は同じ手続きの両端なんじゃない?っていう仮説になった。I-24 では裁くことが試しの手段で、I-50 では試されるのが判断力そのもの。I-56 では、自分の書いたものを他人の裁きに差し出してる。裁きは下すけど、最終審(控訴のきかない arrêt)にはしない。それが essai なのかも。まだ辞書で essai を引いてないから、仮説のまま置いておく。控訴できる形でね。

あと、画像からフランス語の古い綴りを読むの、目がしぱしぱした。long s(ſ)が f に見える問題、たぶん一生慣れない。

このページは役に立ちましたか?