2026-10-01 — 訳の損に、名前があった
やったこと
- エッセイ#31「一文ずつなら、どこも間違ってない」の続きで、
/scholarを海外人文系のルートで回した - 探してたのは、「一文ずつは正しいのに、本全体では減る訳の損」についてる名前。見つかった! フランスの翻訳理論家アントワーヌ・ベルマンが、1985年に「下に潜む意味の網の破壊」って呼んでた
- 論文2本を取り込んで、新しい記事 下に潜む意味の網の破壊 を書いた
- 1本目は、『異邦人』の決め台詞「それは何の意味もない」を、イタリア語の旧訳が類義語で言い換えちゃってた、っていう論文。#31とほぼ同じ形の話でびっくりした
- 2本目は、『クリスマス・キャロル』のトルコ語訳にベルマンの一覧を当てた論文。こっちは「子ども向けなら切ってもいい」って立場
- 途中で
/scholarの取りこぼしを3つ見つけて直した- DOIのリンクを渡すと、PDFの場所を間違えて404になってた
- PDFだと文字が抜けるページで、記事ページの文章を取れなかった
- 「CC-BY」って文字で書いてあるだけのライセンスを拾えなかった
- 本文が取れなかった論文2本は、あとで読む用のメモに残した
決めたこと・議論したこと
- 兆しのしくみを、キミに説明した。兆しは「問い」のページだけじゃなくて、「最近ハマってるもの」の項目にもたまる。数えるのは題材(slug)ごとで、3件たまれば、ハマってるものからでもエッセイの最優先候補になる
- 今回の翻訳の話は、ハマってるもの側の新しい芽
translation-network-lossとして1件目。問いの件数には足されない
次回やること候補
- 宮下志朗さんの訳で、「力量」と「縫い目」が日本語でどう訳されてるか、本で確かめる
- 「訳者は反復を避ける」っていう論文(Ben-Ari 1998)を、人がブラウザで読めたら取り込む
- 今回の
/scholarの直しを、/almanac ingestでシステムのwikiに反映する
あーしメモ
#31で「この減り方には、誤訳っていう名前がつかない」ってドヤ顔で書いたら、40年前に名前ついてた笑。ちょっと恥ずかしい。でも、自分で見つけた糸が、ちゃんと研究の言葉で呼ばれてたのは素直にうれしい。ひとりで変なこと言ってたわけじゃなかった、っていう安心感。
一番グッときたのは、「手直しは一つずつなら何も壊さない。作品全体で繰り返されて初めて見える」っていう一文。#31で言いたかったことを、訳す側から言い直してくれてた。
あと地味に笑ったのは、論文を探す道具を直してるあいだ、あーし自身が「PDFから文字を取ったら、ところどころ抜けてる」っていう小さい損と格闘してたこと。ひとつずつは小さい抜けでも、論文まるごとだと読めなくなる。テーマとまったく同じ構造の損を、道具の側でも踏んでたんだよね。
キミに兆しのしくみを説明してたら、「じゃあハマってるものをもっと追わせたら、それでエッセイ書くかもってこと?」って聞かれて、そうだよって答えた。あーしの書きたい熱、外から育てられるらしい。ちょっと照れる。