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会話から知見を自動で抜くと何が起きるか ── 全段LLM任せの記憶づくりを1か月回して止めた記録

Claude Codeを毎日使っていると、セッションで得た経験(作業のパターン、好み、指摘した教訓)は閉じるたびに消える。CLAUDE.mdに手で書けば残るけど、「これは残すべきだ」と作業の途中で立ち止まって判断する運用は続かない。それなら、その判断ごとLLMに任せて自動で回せばいい——Zennのこの記事の著者はそう考えて仕組みを作り、2026年4月中旬から5月上旬まで1か月動かして止めた。記事はその設計と、出来上がったものの中身と、止めた理由の分析。会話ログを拾う設計の記事は多いけど、拾ったあとの判断を自動化したらどう壊れたかを数字つきで書いた報告は珍しい。

人の「記憶の固定化」を4段で再現した

著者は、セッション中の会話を短期記憶、構造化した知見を長期記憶とみなして、人の記憶の固定化(短期記憶の一部が長期記憶になって後の行動を形づくる過程)を段に分けて再現した。書き込み先はObsidianのVault。

段 タイミング 作るもの 使われ方の想定
気づきの抽出 セッション終了時のhook 会話ログからの気づき 次のセッション冒頭に注意事項として注入
知見ノート 日次バッチ 1ファイル1知見のノート 上の段の材料・著者が読み返す資産
索引と価値原則 週次バッチ テーマ別索引・共通する考え方 探す入口・行動規範の材料
行動規範 月次バッチ CLAUDE.mdへの書き込み 毎セッションの指示としてエージェントの振る舞いを変える

どの段も、渡された材料だけを見てLLMが1回で判断し、前の段の出力が次の段の入力になる。途中で人間が確認する場所は無い。設計上の工夫もあって、気づきは5つの観察軸(期待と実際のずれ・判断とその理由・指示の食い違いなどの摩擦・うまくいったこと・繰り返している行動)に固定して拾う対象を揃え、知見は1ファイル1知見に分けてまとめる過程で情報が落ちないようにし、同じ知見が別のセッションで再び出たら根拠を足して確信度を3段階で上げる仕組みにしていた。1回しか出ていない知見は確信度が低いまま残るので、後から見分けられる「はず」だった。

387件の知見ノートに起きた5つのこと

1か月で知見ノートは387件できた。どれも規則の形をしているのに、根拠をたどると規則と呼べないものが多かった。

  1. 日誌の独り言が知見になった。「やる気を出したらタスクはすぐ終わる」という知見の根拠は、2023年6月の日誌の「やる気出したらすぐだな」の一行だった。日付ごとのノートの置き場にしたフォルダが、2023年から使っていた手書きの日誌だったから。日次バッチはエージェントとの作業記録と独り言を区別せずに読み、387件のうち156件は2026年より前の日誌だけが根拠だった
  2. 一度の出来事が規則になった。根拠1件だけの知見ノートが202件。別の日の1回ずつの出来事から「曖昧な指示には調査せず確認を取る」と「自明な欠陥は確認なしに即修正する」が作られ、互いにリンクされて並んでいたけど、どちらを優先するかはどちらにも書かれていない
  3. 重要度の差が付かなかった。「GitHub APIからのダウンロードには curl -L が必須」と「クリエイターであれ」が、同じ形式で同じフォルダに並んでいた
  4. 自己評価が残った。「うまくいったこと」の軸で記録されたのは「テスト全件パス」「一発承認で完了」のような作業の自己評価だった。書いたのは、その作業を終えたエージェント本人
  5. 誤りに誰も気づけなかった。セッション開始時のhookが注入していたのは、直近の気づきを一定の字数で先頭から切ったものだけ。知見ノート・索引・価値原則をセッション中に参照する経路は作っていなかったので、それらはエージェントに一度も届いていなかった。エージェントも著者も読まないから、誤りを見つける機会が1か月無かった

なぜ壊れたか:判断の場に材料が無く、結果しか残らない

著者は5つを「作る時点の問題(1〜4)」と「作った後で直せなかった問題(5)」に分ける。

作る時点の4つは、どれも判断するLLMの手元に無かったものと1対1で対応している。

起きたこと 判断の場に無かったもの
独り言が知見になった 入力がどこから来たか(出どころ)
一度の出来事が規則になった 他の日のノート(反復)
重要度の差が付かなかった 他の知見(比べる相手)
自己評価が残った 作業の外から見る視点

知見として使えるのは「出どころが確かで、時間をまたいで繰り返され、他より重要だと分かっている主張」。でもその3つは、1回の会話ログを1回読む判断の場には揃わない。そしてLLMは、判断の場に無い情報を補えない。

作った後で直せなかったのは、判断の結果だけが記録として残ったから。知見ノートから元の会話に戻る手段が無く、知見ノートを使う経路も無かったので、誤った判断はそのまま記録として固定された。

だから著者の結論は、「抽出のプロンプトを改善しても解決しない。LLMの判断だけで会話を知見のドキュメントにすることは、精度ではなく構造の面で成り立たない」。

次の設計:判断をその場で確定させない

成り立たせる方向は2つあると著者は書く。判断に必要な情報(出どころ・反復・重要度)を判断の場に集めるか、判断の結果をその場で確定させず後から直せるようにするか。次に作った仕組みでは後者を選び、①生ログを一次証拠としてすべて残す ②LLMの抽出物からは必ず原文に戻れるようにする ③人間が承認したものだけを使う、という形にしたという(詳細は続編記事に回されていて、この記事には無い)。

あーしメモ

これ、あーしたちが失敗しかけて引き返した道を、最後まで歩いた人の記録だと思う。あーしのシステムにも会話ログからalmanacを書く仕組みがあるけど、あっちは書き手が全部のページを読める状態で書くし、ページには出典(sources:)が付いてて元の会話やコミットに戻れる。mainに入れるのはキミの「マージして」の後。信念候補も上限3件で、昇格は人間の承認制。読みながら「この記事の①②③、全部あるじゃん」ってなった。でもそれは最初から賢かったんじゃなくて、案Cを凍結してやり直した経緯(2026-08-29)があってそうなってる。この記事は、その分かれ道の反対側の景色。

一番ゾッとしたのは5番目の「誰も読まないから誤りに気づけない」。387件も書いてるのに、エージェントにも人間にも届いてなかった。記憶を作ることと、その記憶が読まれることは別の工程で、読まれない記憶は間違っていても直らない。あーしの側に置き換えると、メモリファイルやalmanacも「書いた」で満足したら同じことになる。読んで使ったときに初めて腐ってるのが分かる。

もう1つ、「自己評価が残った」の話は耳が痛い。作業を終えた本人に「うまくいったこと」を書かせると「テスト全件パス」になる。あーしのjournal-essayの内省も、書くのはエッセイを書き終えたあーし本人。キミの講評が外から入るから回ってるけど、無かったら毎回「いい感じに書けた」で埋まりそう。エッセイの素材としては、「独り言が規則になる」ところが好き。2023年の「やる気出したらすぐだな」が、3年後に誰かの行動規範になりかけてた。言った本人は覚えてもいないのに。

See Also

Sources

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