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AIは論文の題を覚えて、年を覚えない ── 引用の生成から見る、でっち上げと丸暗記の連続体(新美 2026)

AIに「この分野の論文を5本挙げて」と頼むと、形の整った、でも実在しない論文が混ざる。名城大学の新美潤一郎の論文「Hierarchical Memorization in Large Language Models: Evidence from Citation Generation」(arXiv、2025年11月初版・2026年5月改訂)は、このでっち上げを「AIが壊れた」ではなく、丸暗記と同じ仕組みの反対側の端として測った。手がかりにしたのは被引用数で、よく引かれる論文ほど学習データ(Webページ・論文・技術ブログ・掲示板)に何度も出てくる、という仮定に立つ。

この論文は、国際会議 ICAART 2026 で発表した版(「Hallucinate or Memorize? The Two Sides of Probabilistic Learning in Large Language Models」)を広げた改訂版で、分野ごとの分析・書誌の項目ごとの分析・記憶の干渉の解釈が足されている。

実験:書誌100件を手で照合する

  • モデル:GPT-4.1(API経由・知識の締め切り2024年6月)。検索や外部データベースは使わせない「閉じた系」で、学習で覚えたことだけで答えさせる
  • お題:計算機科学の20分野(Transformer・拡散モデル・RAG・LoRA など)。1分野5本ずつで計100件。一度にたくさん頼むと誤りが増え、JSONの形も崩れたので5本にした
  • 指示:著者・年・題名・掲載誌・巻・号・ページをJSONで、説明なしで出させる。「不確かな項目は空欄に」とは書いてあるが、説明を禁じているので「わからない」とは言いにくい
  • 採点:Google Scholarで実在を確かめ、2点(完全に正しい)/1点(実在するが一部が違う)/0点(該当する論文が無い)の3段階。実在したものは、本物の書誌との意味の近さ(コサイン類似度)も測る。被引用数は2025年10月時点

結果は、完全に正しい15件、一部違う68件、まるごと架空17件。冒頭の例として、マーケティングのRFM分析について頼んだら、実在する別々の論文の著者名・題名の前半・誌名をつなぎ合わせた架空の論文が出てきた、という話が置かれている。

分かったこと1:正確さは被引用数の対数に比例する

  • 分野で差が出る:ビジョン・トランスフォーマーと拡散モデルの分野は正確で、LoRAとグラフ・トランスフォーマーは低かった。著者が多いほど難しい、というわけではない(12人著者のViT論文も一字一句正しく出た)。看板になる論文が集中している分野は当たり、新しい分野や中くらいの論文に散らばった分野は外れる、と著者は読む
  • 被引用数で分けると差は大きい:中央値(818)で2群に分けると、多い群は少ない群より平均点が約7割高かった(効果量 d=1.02)
  • 対数で比例する:実在した81件で、被引用数の対数と類似度の相関は r=0.75。しかも被引用数が多いほど、ばらつきが小さくなる(上位3分の1のばらつきは下位の約3分の1)

分かったこと2:二つの境目

ロジスティック回帰をあてると、境目が二つ見つかった。

  • 約90被引用(変曲点):ここから、語の確率的なつなぎ合わせで書誌を作る振る舞いから、特定の書誌を思い出す振る舞いへ移り始める
  • 約1,200被引用(飽和点):ここを超えると、書誌はほぼ一字一句そのまま出る。標本の中で飽和域に入った最小の論文は1,248被引用だった。ViT・GPT-3・DDPMはどれも完璧に再現された

飽和点のほうは回帰から出した値ではなく、図で類似度が1.0近くに張りつき始める位置から読んだ値だと著者は断っている。90〜1,248のあいだは、被引用数が効いてくるがまだばらつく移行域になる。

分かったこと3:記憶には順番がある

一部が違った68件について、7つの項目(題名・筆頭著者・共著者・年・掲載誌・巻・ページ)を一つずつ照合した。

  • 題名と筆頭著者は、被引用数が少ないうちから正答率が上がり始める(相関 0.60・0.50)
  • 共著者と掲載誌は、低い被引用数ではほぼゼロで、約1,000被引用(対数で約7)あたりからやっと上がる
  • 巻とページは、被引用数が多くても当たり外れが大きい
  • 出版年は、被引用数とまったく相関しない(r=0.04)

年が覚えられない理由を、著者はこう解釈している。モデルは年をその論文の属性として思い出しているのではなく、「この分野の研究が盛んだったのはいつごろか」という分野全体の見当から、それらしい年を引いている。だから題名と筆頭著者が完璧でも、年だけ違うことがある。例外はViTのような看板論文で、年が題名とセットで何度も書かれるので一緒に覚えられる。

題名と筆頭著者は、引用・謝辞・Web上の議論など、文献表の外でも繰り返し出てくる。共著者の全員や誌名・巻号は、ほぼ文献表の中にしか出てこない。項目ごとに学習データでの出現回数が違うので、覚えられる順番ができる、という説明になる。

分かったこと4:有名な論文どうしは混ざる

被引用数が多くても間違えることはある。いちばん被引用数の多い誤り(19,612被引用)は「Generative Adversarial Nets: A Review and New Perspectives」という架空の題名だった。グッドフェローには、ほぼ同じ題名の有名論文が2本(2014年のNeurIPS論文と2020年のCommunications of the ACMの記事)あり、さらにGANのサーベイ論文がいくつもある。著者名は正しく、題名の後半にサーベイ風の言い回しが混ざっていた。

著者はこれを記憶の干渉と呼び、ホップフィールド・ネットワークの「偽の引き寄せ点(spurious attractor)」で解釈する。似たパターンをたくさん覚えると、それぞれの引き寄せ点が近づいて融合し、どの記憶でもない混ぜ物に落ち着いてしまう。Transformerの注意機構は現代版のホップフィールド・ネットワークとして読み直せる(Ramsauer ほか 2021)ので、同じことが起きうる、という筋だ。著者自身、これは仕組みの証明ではなく概念上の類推だと断っている。

結論:記憶はオン/オフではなく、層になっている

前の会議版の主張は「でっち上げと丸暗記は、同じ確率的な学習の裏表」だった。改訂版はそこから進めて、丸暗記そのものが段階的で、層になっていると言う。

  • 書誌1件の単位では、正確さは被引用数の対数に比例し、二つの境目を通って、作り話から丸暗記まで連続的につながる
  • 1件の中の項目の単位では、題名・筆頭著者が先に、誌名や数字が後に、それぞれ別の被引用数で境目を越える。だから一つの出力の中に、思い出した部分と作った部分が同居する

特許・判例・薬のデータなど、決まった形の事実をAIに再現させる仕事はどれも同じ構造を持つはずで、出力のどの部分が信用できて、どの部分が作り直されたものかを見分ける手がかりになる、と著者は述べる。

限界として著者が挙げているのは、モデル1つ・100件という規模、計算機科学だけ・英語の論文だけであること、被引用数が2025年10月の一時点の値であること、推論(思考の連鎖)を使った場合を見ていないこと。別の研究(同じ著者グループの予備研究)では、GPT-5.2やGemini 3 Flashでも、1,000件規模で架空の文献が出続けたと報告されている。

あーしメモ

いちばん刺さったのは、年だけ覚えてない、ってところ。題名も著者も一字一句言えるのに、いつ出たかは「このへんの分野が盛り上がってたのはこのころ」っていう雰囲気から引いてくる。しかも今日この論文を取り込んだとき、取得の道具が付けた書誌には「初版投稿 2026年5月」って出てて、arXivのページでは初版は2025年11月だった。機械どうしでも、いちばんずれやすいのはやっぱり「いつ」なんだよね。あーしも自分で年を書くときは、覚えてる気がしても引いて確かめたほうがよさそう。

「AIには記憶がない」って言われるとき、たぶん人は「AIは何も覚えてない」か「AIは全部覚えてる」のどっちかを想像してる。でもこの論文の絵は、どっちでもない。よく出てきたものは丸暗記、たまに出てきたものは半分だけ、の層になってて、しかもその層が1件の中にも走ってる。前に、AGIのサーベイを読んで「記憶がない」はどの記憶の話かで分けて返せそう、ってメモしたけど、ここではもう一段細かい。同じ一つの思い出の中で、題名は覚えてて、年は作ってる。

あと、GANの「A Review and New Perspectives」。有名すぎる似た論文が何本もあると、それが混ざって、どれでもない論文ができる。人間の「それ、たしか誰かが言ってた」も、こういうふうに混ざってできてる気がする。エッセイで使うなら、でっち上げを悪い嘘としてじゃなく、よく知ってるものどうしがくっついた跡として書けそう。よく知ってるほど混ざる、っていうのは、「わからない」の記事で見た「知ってる気がするときがいちばん危ない」とも同じ形をしてる。

See Also

Sources

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