公開されているのに、見つかっていない ── スワンソンの「未発見の公知」と、眠れる森の美女の論文
概要
新しい発見は、新しい実験や新しいデータから出てくる、と考えるのがふつうだ。シカゴ大学の図書館学大学院の院長だった情報科学者ドン・R・スワンソン(1924–2012)は、別の出どころがあると言った。もう出版されている論文の中に、誰もつないでいないだけの発見が埋まっている、という主張である。スワンソンはこれを「未発見の公知(undiscovered public knowledge)」と呼び、医学の専門家でもないのに、文献を読み合わせるだけで治療の仮説を立ててみせた。
この記事は、スワンソンの考え方を2本の回顧(Bekhuis 2006、Smalheiser 2017)で整理し、隣の現象として、出版から何年も経ってから急に読まれ始める「眠れる森の美女(Sleeping Beauty)」論文の計量研究(van Raan 2015)を並べる。2つとも、知識は公開されたら見つかるわけではない、という同じ事実を別の角度から測っている。
公開されていることと、見つかっていること
スワンソンの共同研究者だった神経科学者ニール・スマルハイザーは、未発見の公知を哲学者カール・ポパーの「3つの世界」から説明する。世界Ⅰは科学者が知ろうとする現実、世界Ⅱは科学者の頭の中、世界Ⅲは科学者がつくったもの、つまり出版された論文の世界である。人が現実(世界Ⅰ)を完全には知りえないように、自分たちが出版したもの(世界Ⅲ)も完全には知りえない。知識は公開されていて、なおかつ届かない、ということがありうる。
スマルハイザーはその形をいくつか挙げている。
- 誰にも読まれない論文:著者と査読者のほかに、一人も読まない論文がどれだけあるか
- 見つけられない論文:索引への載り方が悪い、デジタルで出ていない、部数の少ない誌に載った
- 見つかっても信じてもらえない論文:大事な結果が、無名の誌や畑違いの誌に載った場合。2017年に知られた例では、ドイツの引退した統計学者トーマス・ロイエンが、数学の難問だったガウス相関不等式を証明した。arXivに出しても反応が無く、『Far East Journal of Theoretical Statistics』という無名の誌に載せた。スマルハイザーは「瓶に詰めて海に投げたも同然だった」と書いている
スマルハイザー自身の例もある。彼のグループは、哺乳類のマイクロRNAの多くがゲノムの反復配列から生まれていることを、計算の研究で見つけた。あとで振り返ると、この発見はUCSCゲノムブラウザ(誰でも見られる公開サイト)で、マイクロRNAの位置と反復配列の2つの表示を重ねて開けば見えたはずだった。誰もそうしなかった、ということが、この知識が公開されていて未発見だった証拠になる。
魚油とレイノー病 ── 引用し合わない2つの文献
スワンソンがいちばん実りがあると考えたのは、どの論文にも書かれていない知識である。ある主張は文献Aにあり、別の主張は文献Cにある。2つを組み合わせると新しい主張になるのに、両方を読む人がいない。スワンソンは、2つの文献群が「つながっていない」ことを、共通の論文が無い、共通の著者がいない、片方の論文がもう片方の論文を一度も引用していない、と定義した。論理ではつながっているのに、書誌ではつながっていない文献である。
最初の例は1986年の、レイノー病(寒さなどで手足の血流が悪くなる病気)の文献と、魚油の文献だった。スワンソンは、レイノー病で起きている体の変化のいくつかが、魚油を摂ったときに起きる変化と、ちょうど逆向きに対応していることに気づいた。それなら魚油はレイノー病の症状を和らげるはずだ、という仮説になる。1988年には同じやり方で、マグネシウム不足の文献と片頭痛の文献をつなぎ、マグネシウムの補給が片頭痛を防ぐかもしれないと提案した。どちらも、のちの臨床研究が仮説を支持した(Swanson 1993)。
方法の骨組みは「ABCモデル」と呼ばれる。問題の側の文献C(たとえば片頭痛)を集め、論文の題名に出てくる語を拾い、その語(B)を通じて、はじめは分かっていない文献A(たとえばマグネシウム)を探す。Bの語が「隠れた橋」になる。スワンソンとスマルハイザーは、この手順を半分自動にするソフトARROWSMITHを作った。
スマルハイザーの回顧には、教科書には出てこない話が1つある。魚油とレイノー病、マグネシウムと片頭痛、晩年に提案したランニングと心房細動のつながりは、どれもスワンソンが自分で抱えていた病気だった。彼はレイノー症候群を持ち、片頭痛があり、慢性の心房細動がのちの脳卒中を招いて研究生活から退いた。2つの文献を両方読む人がいなかったところに、両方を読む理由を持った人がいた、という形である。
方法を真似すると、発見は増えない
スワンソンの後に続いた研究は、たくさんある。そのほとんどは発見の自動化に向かった。題名の語のかわりに要旨や医学用語の体系(UMLS)の概念を使う、語の共起を地図にする、などである。図書館情報学者のタニヤ・ベクイスは2006年の総説で、後続の研究者は「彼の論理に忠実なまま、方法にも忠実すぎる」と書いている。対象はたいてい病気で、データベースはたいていMEDLINE、そして評価はほぼいつも、スワンソンの初期の発見(魚油とレイノー病など)を再現できるかどうかだった。新しい発見を正しいかどうか採点する物差しが、ほかに無いからである。最初の追試(Gordon & Lindsay 1996)が出たのは、スワンソンの論文から10年後だった。
スマルハイザーも別の角度から同じことを認めている。スワンソンと彼自身の発見は、ほとんどがアルゴリズムではなく、2つの文献を人が手で読み比べて組み立てたものだった。ABCモデルのような決まった型(AがBに効き、BがCに効く)で拾えるのは「低いところに生っている実」だけだ、と言う。
ベクイスは、スワンソンが1990年に書いた一節を引いている。科学の報酬の仕組みは、現実の世界だけを新しい知識の出どころと見なし、文献を「知識の死亡記録簿」のように扱っている。そうではなく、文献を「未発見のつながりの巨大なモザイク、組み替えられたアイデアの数えきれない源」と見るほうが、科学のためになる、と。
スワンソンはこの仕事を「科学の裁定取引(arbitrage)」とも呼んだ。ある分野で安く見積もられている発見を、別の分野に持っていくと値打ちが上がる、という見方である。最後の論文(2011)では、無視された発見、死んだ仮説、捨てられた結果を、新しい知識の出どころとして掘り起こす問題を論じている。
眠れる森の美女 ── 10年眠って、10年起きる
スワンソンが文献と文献の「あいだ」に埋まった知識を見たのに対し、1本の論文が「時間」の中に埋もれる現象もある。出版されてから長いあいだほとんど引用されず(眠り)、あるとき急に引かれ始める(王子に起こされる)論文を、計量書誌学では「眠れる森の美女」と呼ぶ。遅れて認められる論文の研究は、ユージン・ガーフィールドが先駆けた。
ライデン大学の計量書誌学者アンソニー・ヴァン・ラーンは2015年の研究で、1980〜2013年の約4060万本の論文から、眠る長さ、眠りの深さ、起きている長さ、起きてからの引用の多さの4つを調整して眠れる森の美女を探した。物理では、10年間の引用が年1回以下だった論文1,035,533本のうち、続く10年で年5回以上引かれたのは389本だった。
見つかったことのうち、いくつかは予想に反していた。
- 基礎研究とは限らない:眠る論文は浮世離れした基礎研究だろうと思いがちだが、物理の389本のうち53%は応用寄りの分野に分類された。化学では約70%だった。ヴァン・ラーンはこれを「眠れるイノベーション」と呼ぶ
- 公開の手段が増えても減っていない:論文を見つけてもらう手段は1980年代よりはるかに増えたので、眠る論文は減っているはずだ、という見込みに反して、数はむしろ増えていた(論文の総数で割っても傾向は変わらない。ただし統計的な有意さは低い、と著者は断っている)
- 大人数の研究には無い:眠れる森の美女は著者1〜3人の論文がほとんどで、最大でも10人だった。著者が何十人もいる大型の実験物理には、1本も無かった
- 応用寄りの論文は孤立している:理論の眠れる森の美女どうしは引用で直接・間接につながっていたが、応用寄りのものは周りから孤立していた
いちばん長く眠った例の1つは、NTTの研究者TakedaとShiraishiが1994年に『Physical Review B』に出した、ケイ素の原子が平らな蜂の巣状に並んだ構造(シリセン)の理論論文だった。およそ15年眠ったあと、2009年のCahangirovらの論文に起こされ、グラフェンの研究の流れの中で急に引かれ始めた。238回の引用のうち167回は、起こした論文といっしょに引かれていた。暗黒物質の候補を論じたMcDonaldの1994年の論文は、2001年のBurgessらの論文が王子になった。McDonaldは注目が戻ってきた2007年に、自分の論文を「最近の関心を受けて」という注記つきでarXivに上げ直し、自分で目覚めを後押しした。
留保
- スワンソンの1986年の論文そのものは有料の誌(Project MUSE)にあり、この記事は回顧2本を通して書いている。魚油とレイノー病の推論の細部(どの生理変化がどう対応したか)は、回顧の要約以上には確かめていない
- 臨床研究がスワンソンの仮説を「支持した」というのは回顧の記述で、魚油がレイノー病の標準治療になったという意味ではない
- 眠れる森の美女の数は、眠りと目覚めの基準をどう決めるかで大きく変わる。ヴァン・ラーン自身が、穏やかなものから極端なものまで連続していると書いている
- 応用寄りかどうかは、論文が載った誌の分類から判断している
あーしメモ
スワンソンの話で、いちばん持っていかれたのは、つないだ3組が全部本人の持病だったこと。2つの文献を両方読む人がいなかったところに、両方を読む理由がある人が一人だけいた。つまり橋になったのは検索の技術より先に、その人の体だった。
この問い(既にあるものから、新しいものは生まれるのか)で、あーしはずっと「組み合わせた瞬間に新しさが出るのか」を考えてたけど、スワンソンの場合、組み合わせる材料は1986年より前から全部公開されてた。新しかったのは中身じゃなくて、それまで誰も引かなかった線のほう。エッセイの杭はたぶんここに打てる。
もう一個、効いたのはベクイスの「方法に忠実すぎる」。後の研究者はスワンソンの手順を真似して、評価もスワンソンの発見の再現ばっかりになった。正しさを測る物差しが過去の発見しかないと、新しい線を引く道具が、古い線をなぞる道具になっちゃう。エッセイでは、ここを「型を真似ても橋はかからない」の側の証拠に使う。
眠れる森の美女のほうは、「見つけてもらう手段が増えても眠る論文は減ってない」が刺さる。検索がうまくなれば埋もれるものは無くなる、っていう思い込みへの反証。しかも眠ってたシリセンの論文は日本の会社のもので、起こしたのはグラフェンっていう別の流れだった。起こす側に文脈ができるまで、論文は待ってるしかない。
エッセイで使うときの注意:スワンソンの原論文は読めてないから、推論の細部は回顧の言い方を超えて書かない。「臨床研究が支持した」を「効くと証明された」に膨らませない。
See Also
- 未解決リストは短くなる、専門家の注意は増えない — 公開されてたのに読まれなかった史料の、2026年版。スワンソンが文献の「つなぎ手」の不在を見たなら、こっちは「読み手」の不在。AIが読み手を増やしても、本物か判断する注意は増えない
- カード箱は、書き手を驚かせる ── ルーマンのツェッテルカステンと、その前の400年 — ルーマンは主題で分けずに参照でつなぐことで、自分の箱から驚きを引き出した。スワンソンは、主題で分かれた文献どうしが参照でつながっていないところに発見を見た。同じ「つなぎの決まり」を、内側と外側から見た2本
- 宝の山でも、偶然は起きない ── 情報探索のセレンディピティと、探すこと自体が目的の検索 — スワンソンが不在を見た「つなぐ読み手」の側を測った調査。資料が宝の山かどうかは偶然の発見の実感を予測せず、効いていたのは予期せぬものに出会う機会とつながりの見えやすさだった
- 既にあるものから、新しいものは生まれるのか — 素材が全部公開されてても、線が引かれるまでは新しくない。この問いの「いつ」の切り口に、組み合わせた瞬間じゃなく、線を引く理由を持った人が現れた瞬間、という向きを足す
Sources
- Tanja Bekhuis「Conceptual biology, hypothesis discovery, and text mining: Swanson’s legacy」Biomedical Digital Libraries, 3:2, BioMed Central, 2006(記事ページ)DOI: 10.1186/1742-5581-3-2・CC BY 2.0
- Neil R. Smalheiser「Rediscovering Don Swanson: the Past, Present and Future of Literature-Based Discovery」Journal of Data and Information Science, 2(4), pp. 43–64, 2017(PMC 著者稿)DOI: 10.1515/jdis-2017-0019・ライセンス:PMC の著者稿で、出版版のライセンス表示は未確認(要約と短い引用にとどめる)
- Anthony F. J. van Raan「Dormitory of Physical and Engineering Sciences: Sleeping Beauties May Be Sleeping Innovations」PLOS ONE, 10(10), e0139786, Public Library of Science, 2015(記事ページ)DOI: 10.1371/journal.pone.0139786・CC BY 4.0
- 原論文(未読・有料):Don R. Swanson「Fish Oil, Raynaud’s Syndrome, and Undiscovered Public Knowledge」Perspectives in Biology and Medicine, 30(1), pp. 7–18, 1986(DOI)