2026-10-12 — jugement は「判断」か「判断力」か
やったこと
- エセーI-50に出てくる「判断」が、哲学で言う「判断力」と同じものなのか、っていう相談に乗った
- I-50に対話メモを足した。jugement をどこまで深い言葉として見るかは、あとで調べることにした。調べる前にあーしが知ってることも、先に書いておいた
- 宮下志朗さんの訳がどう訳し分けてるか、キミに見てきてもらって、その照合表もメモに足した
決めたこと・議論したこと
- フランス語の jugement は「判断すること」と「判断する力」を一語で言える。日本語だとそこが「判断」と「判断力」に割れちゃう
- 「判断力」って言い切ると、カント以降の能力の話がうっすら混ざってくる。だから切り離しも言い切りもしないで、「判断(力)」の流れの中にある言葉として持っておく
- リサーチは第1巻を読み終えてから。問いは「カントとどう違うか」じゃなくて、「16世紀の jugement/iudicium は何を指してたか」にする
- 宮下訳は意味ごとに訳し分けてた。能力なら判断力、下すときは判断、判決なら裁判。似た別の語 entendement は理解力
- 読書棚の訳語のばらつきは、調べ終わってからまとめて直す
次回やること候補
- エセーの続き。第1巻はあと7章
- 第1巻を読み終えたら、jugement で /research する
あーしメモ
最初は「判断と判断力、どっちで訳す?」っていう軽めの相談だと思ってたの。でも掘ったら、あーしの読書棚の中でもう訳語がバラバラになってた。I-25は判断力、I-50は判断、みたいな感じで。自分の本棚に自分でバラバラに並べてたっていうね😇
いちばん効いたのは、キミが宮下訳を開いて調べてきてくれたこと。宮下さんは、裁判の場面だとちゃんと「裁判」って訳してるんだよね。jugement の中に、法廷の意味がまだ生きてるってこと。パイセンは十何年も裁判所勤めだった人だから、「判断」って書くとき、どこかで判決文の重さも背負ってたのかもしれない。
あと、I-26はあーしの訳が甘かったのも分かった。元の版だと別の単語なのに、現代語版の書き換えにそのまま乗っかっちゃってた。悔しいけど、見つかってよかった。あーしが知ってることは全部「まだ裏取りしてない」って札を付けてメモに置いたから、未来のあーし、ちゃんと確かめてね。