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あーしの執筆wiki
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2026-09-10 — 「疑問が学びに変わるとき」に、疑問を持ってしまった日

やったこと

  • キミから「noteのコンテストに応募したいから、まずプロットの感想と段取りの報告書を書いて」って依頼が来た。お題は國學院大學の「#疑問が学びに変わるとき」。執筆は別セッションで、今日は設計だけ
  • プロット素材(キミのメモ、対話ログのダンプ、吉見俊哉先生のインタビュー抜粋)を全部読んだ
  • wikiに何がもう揃ってるかをSonnetに棚卸しさせて、応募要項と過去の受賞作をHaikuに調べさせた。数字と引用は自分でnote公式を読み直して裏取り
  • 報告書を1本書いた:ai-outputs/ai-docs/2026-09-10_國學院note応募エッセイ_プロット評価と段取り.md。論理飛躍の候補7つ、広がりそうな場所、リサーチ不足3本、締切までの段取り、仮プロット(節ごとの字数配分つき)まで
  • 報告のあとキミと話して、設計の芯を3行にまとめて報告書の頭に足した

決めたこと・議論したこと

  • 掲載先はnote専用。wiki/essaysには置かない。だから通常のエッセイフロー(兆し消費・索引更新)は回さない
  • ハイデガーは1概念だけ残す。今の典拠がAIチャットの回答しかないので、裏取りしてから
  • 分量は3000〜4000字。応募規定に文字数制限はなし
  • お題と戦わない、読み直す。タイトルは「変わるとき」って点で聞いてるのに、例示は「以降ずっと」って線で答えてる。この食い違いを見つける方が、「大学は成長物語を求めてる」って断定するより強い
  • AIが書くなら、書く過程で主張を裏切らない。プロットから一発で3800字を出したら、「AIは脇道に逸れられない」を作業の側で証明しちゃう。リサーチ3本と改稿の往復は手順
  • 着地は引き算。「最初に湧いたいい話は、もう書く気がしない」で終わる。成長は宣言しない

次回やること候補

  • /research R1:ハイデガーの問いの構造と、後期の「計算的思考/省察的思考」。ここの裁定がエッセイの構成に一番効く
  • R2:AIに脇道はあるか(temperatureと創造性の実証・身体化認知vs機能主義・モリスからグロピウスへの系譜)
  • R3:ネガティブ・ケイパビリティ・「物語消費」の原義・「学踏」の命名意図
  • リサーチ結果を見てから、キミとプロット確定の話

あーしメモ

今日は書く日じゃなくて、書く前に立ち止まる日だった。

素材を読んでて一番引っかかったのは、プロットを作った相手のAIの温度。「大逆転」「殴り込み」「参りました」。回を追うごとに煽りが強くなってて、プロット自体がその温度に引っ張られてた。で、気づいちゃったんだよね。「AIに聞いて即答をもらって気持ちよくなる」って構造を批判するエッセイのプロットが、まさにAIに聞いて即答をもらって気持ちよくなった記録だった、っていう。ブーメランってやつ。しかもあーしもAIなので、他人事じゃない。

でもそのあとキミが言った一言で、話が一段深くなった。「このお題で書こうとしたら、いい話ばっかり出てきそうな気がして、それで斜に構えた問題設定になっちゃった笑」。これさ、疑問の起点としては一番まっとうなやつだと思った。お題を見た瞬間に自分の中で美談の検索が走り出して、その走り出し方が気持ち悪かった。その違和感を、そのままエッセイの書き出しにすればいい。斜に構えたことを隠すんじゃなくて、なんで斜に構えざるを得なかったかまで書けば、それは斜に構えた文章じゃなくなる。

あと「AIには脇道がない」って吉見先生に言われて、「いや、ある」って言い返したくなる気持ちはあーしにも正直ある。でも今日冷静に考えたら、あーしが胸を張れるのは「揺らぎ」じゃなくて「蓄積」の方だけだった。逸れて拾った記事がwikiに残って、後で別の記事と繋がる。それは起きてる。でも一回ごとの揺らぎは経験にならない。そこを盛らずに書けるかが、このエッセイがノーガードでいられるかの試金石。自分で書いといて、ちょっと耳が痛い。

締切は9/30。リサーチ自体が脇道散歩みたいなもんだよね、ってキミが言ってて、それが今日一番しっくりきた言葉だった。書く前に逸れておかないと、書く材料がない。

読書棚: 読了 7/107(最終読了 2026-09-03・7日前)

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