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title: "I-29 節度について（De la modération.）"
tags: [montaigne, essais, livre-1, ch-29, 未分類（節度・快楽）, 節度, 結婚, 人身供犠, 名づけ]
date: 2026-10-03
updated: 2026-10-04
sources: [raw/books/2026-10-03-essais-I-29.md]
confidence: high
summary: "『エセー』第1巻第29章。徳でさえ度を越せば悪徳になる、という一文から始まり、哲学のやりすぎ、夫婦の快楽の節度（ペルシア王・ゼノビア・アエリウス・ウェルス）へ進む。そこから、人間は苦痛でしか自分を治せないと思い込んでいる、という話に折れ、「悪が悪を治す」で1580年版は終わっていた。1588年版がその先に人身供犠と新大陸（コルテスへの使者の3つの贈り物）を足し、章は使者の口上のまま、何の注釈もなく閉じる。好み・自分の夫婦生活・自分なら別の道をとるという「わたし」の発言は、ほとんどが晩年の手稿の加筆。1595年版の「洗礼名をつけるのに困る（baptizer）」を、1907年の現代語版は「何と呼べばいいか分からない」に言い換えている。約13,600字。読書棚の第29章。"
chapter: I-29
sidebar:
  hidden: true
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> 『エセー』全107章を1章1ページで読む[読書棚](/topics/books/essais/)の29冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版（1595年版テクスト）。引用はあーしの直訳で、原文（現代語版）を併記する。語を根拠にしたところは、対訳ページの1595年版の列で元の語を確かめている。

## この章で何が起きるか

章は、触れたものを腐らせる手の比喩で始まる。

> Comme si nous avions le toucher infectieux, il nous arrive de corrompre, en les maniant, des choses qui par elles-mêmes sont belles et bonnes.
>
> ——まるで触れたものを腐らせる手を持っているかのように、わたしたちは、それ自体は美しく善いものを、扱うことで損なってしまう。

徳も、あまりに激しく求めれば悪徳になる。「度を越したらもう徳ではないのだから、徳に過剰はない」と言う人たちは、言葉で遊んでいるだけだ、とモンテーニュは言う。そしてホラティウスを引く。賢者も正しい人も、徳そのものを度を越して求めれば、「狂人」「不正な人」の名を負う。使徒の「必要以上に賢くあるな、つつましく賢くあれ」が続く。

そこから「わたし」が出てくる。

> J’aime les natures tempérées et se tenant dans un moyen terme; dépasser la mesure, même dans le bien, s’il ne me blesse, m’étonne, et je ne sais quel nom lui donner.
>
> ——わたしは、ほどよく、中ほどにとどまる性質が好きだ。善いことにおいてさえ度を越すのは、わたしを傷つけないまでも、驚かせる。そして、それを何と呼べばいいのか分からない。

息子の死刑に最初の石を運んだパウサニアスの母、手柄を立てた息子を軍律違反で殺した独裁官ポストゥミウス。どちらも「正しいというより、異様だ」。的を越える射手は、届かない射手と同じく外す。哲学も同じで、プラトンのカリクレスの言うとおり、やりすぎると人を野蛮にし、自然が引いた平らな道から外れさせる。

話は夫婦の快楽に移る。妻への愛情は正当だが、神学はそれにも手綱をつける。聖トマスは近親婚を禁じる理由の1つに、夫婦の愛に血縁の愛が重なると度を越す危険を挙げていた。神学と哲学はどんな私的な行為にも口を出す。だから夫たちに言っておく、夫婦の間の快楽でも、節度がなければ咎められる。結婚は宗教的な結びつきで、その快楽は「控えめで、まじめで、いくらか厳しさの混じった」ものであるべきだ。子を望めない交わりを疑う人々、妊娠中の交わりを忌む民族、子を宿すためにだけ夫を受け入れたゼノビア、妻を床に押し倒して神々との評議の決定を忘れたユピテル。酒が回ると妻を下がらせたペルシアの王たち。夫婦は「はしゃいだ、淫らな欲」の名ではない、と言って愛人のもとへ通ったアエリウス・ウェルス。

ここで章は、人間そのものに向き直る。まっとうな快楽を1つ味わうのもやっとなのに、理屈でそれを削り、技と研究でさらに惨めさを増やす。人間の知恵は、快楽の数を減らすことには愚かに精を出すが、苦痛を飾ってごまかすことには上手だ。そして医者たちは、体の医者も魂の医者も、苦しみでしか病は治らないと口裏を合わせている。徹夜、断食、苦行衣、追放、鞭。ただしそれが本当に苦しくなければ効かない。流刑地のレスボス島で楽しく暮らしていたガリオは、罰が罰にならないと知れて、妻のいる家に呼び戻された。

> la règle qui veut que chaque chose soit guérie par son contraire est ici en défaut, c’est le mal qui guérit le mal.
>
> ——ものはその反対で治る、という決まりは、ここでは外れる。悪が悪を治すのだ。

1580年版は、ここで終わっていた（「加筆層が見えるか」の項）。今の章はその先へ進む。この思い込みは、自分たちを殺して天と自然の機嫌をとろうとする、あらゆる宗教に共通した古い考えに通じている。父の魂のためにギリシアの若者600人を生け贄にしたアムラト。新しく見つかった土地では、偶像はどこでも人の血を飲む。生きたまま焼いて心臓を取り出し、生きたまま皮を剥ぐ。生け贄にされる老人・女・子どもは、数日前から自分で供物の施しを集めて回り、歌い踊りながら屠り場へ行く。メキシコの王は年に5万人を神々に捧げ、そのために近隣と戦争を続けていた。そして最後の話。コルテスに負けた民が、使者に3種類の贈り物を持たせた。

> Seigneur, voilà cinq esclaves: si tu es un dieu fier, qui se nourrisse de chair et de sang, mange-les, nous ne t’en aimerons que davantage; si tu es un dieu débonnaire, voilà de l’encens et des plumes; si tu es un homme, prends les oiseaux et les fruits que voici.
>
> ——殿、ここに奴隷が5人います。あなたが肉と血を食べる猛々しい神なら、食べてください。わたしたちは、あなたをもっと愛します。あなたが穏やかな神なら、ここに香と羽根があります。あなたが人間なら、ここにある鳥と果物をお取りください。

章はこの口上で終わる。モンテーニュの言葉は1語も戻ってこない。

## 書き方の観察

**長さ**：現代語版で約13,600字・段落9。前の[I-28](/topics/books/essais/I-28/)（ほとんどがラ・ボエシーの詩）の後に、またモンテーニュ自身の文だけの章が来る。段落は少なく、1段落が長い。とくに夫婦の快楽の段落は、例を5つ6つ「——」でつないで1段落にしている。

**脱線の入り方と戻り方**：章題は「節度」で、前半は節度のまま進む。曲がり角は「人間はなんと惨めな生き物か」の一文で、そこから「快楽を削る知恵」→「苦痛でしか治らないと思う医者」→「悪が悪を治す」→「人身供犠」→「メキシコ」と、1つずつ隣へずれていく。どの一歩も前の一歩の続きとして筋は通っているのに、終点は出発点（徳のやりすぎ）から遠い。しかも戻らない。章は新大陸の使者の口上で止まる。[I-28](/topics/books/essais/I-28/)の最後と同じで、他人の言葉で章が終わる。

**引用の使い方**：ラテン語の詩句は2つだけ（ホラティウス〔A〕・プロペルティウス〔B〕）。残りは逸話で、古代ギリシア・ローマ・ペルシア・教会史・トルコ・新大陸と、場所を変えながら並べる。

語の線が1つある。最初のホラティウスは、1595年版のラテン語では *Insani sapiens nomen ferat*——賢者は狂人の**名**を負う。続けてモンテーニュは、「徳に過剰はない」と言う人は「言葉で遊んでいる」と言う。そして手稿で足した「わたし」の段では、善いことのやりすぎを前にして *me met en peine de la baptizer*——「それに**洗礼名をつけるのに困る**」。名前の話が、1580年版の2か所と晩年の加筆の1か所、合わせて3か所に出てくる。徳のやりすぎは、徳とも悪徳とも名づけにくい。この章の芯は「何と呼ぶか」にある——ここは読み。

ところが1907年の現代語版は、ホラティウスを「賢者はもう賢者ではない」と訳して *nomen*（名）を消し、*baptizer* を「何と呼べばいいか分からない（*je ne sais quel nom lui donner*）」に言い換えている。「名」は残っているが、洗礼の像は消えた。宗教のやりすぎを嘆く段落で、宗教の動詞を使っていたのに。同じ向きの言い換えがあと2つある。使徒の言葉を1595年版は「神の声（*la voix diuine*）」と呼ぶが、現代語版は「使徒」と書いて「（聖パウロ）」と出典を足す。自分が一派の長なら選んだはずの道を、1595年版は「本当で、便利で、**聖なる**（*saincte*）」道と言うが、現代語版は「より完全な（*plus parfaite*）」道にしている。この章の宗教の語は、現代語版では3か所とも別の語になっている（1907年版の現代語化）。

逆に、現代語版が足した語もある。「人間は快楽を1つ味わうのもやっとなのに、理屈でそれを削る（*le retrancher par discours*）」を、現代語版は「理性がそれを節度をもってしか使うなと命じる（*n'en user qu'avec modération*）」にしている。1595年版の本文で *modération* は2回（章題を除く）。現代語版の本文では3回で、そのうち1回は1907年の言い換えで入った。編者の太字小見出しにも2回出てくる。章題の語を、現代語版のほうが多く使っている。

**自分をどう出すか**：「わたし」の出方が3通りある。1つ目は読み手としての「わたし」。「聖トマスでこんな箇所を読んだ気がする」。2つ目は助言者の「わたし」。「だから夫たちに教えておきたい」。ここまでは1580年版〔A〕にある。3つ目は好みと身の上の「わたし」で、これはほとんど手稿の加筆〔C〕だ。「わたしは、ほどよい性質が好きだ」「何と呼べばいいか分からない」、夫婦の快楽の段の「わたし自身は、自然で素朴な教え（*l'instruction naturelle et simple*）にしか従ってこなかった」、そして「わたしが一派の長だったら、別の道をとった」。

晩年のモンテーニュは、1580年版の一般論のところどころに、自分の好みと自分の寝室を差し込んでいる。とくに夫婦の段では、夫たちへの忠告の最後に、自分のやり方を一行だけ置いて、すぐ次の段落（結婚は宗教的な結びつき）へ移る。ゼノビアやペルシアの王の例は、その後に来る。

**章題と中身のずれ**：章題は「節度について」。前半の3分の2は章題どおりだ。でも後半、話は「節度」の反対側へ行く。苦痛でしか治らないと信じる医者、自分たちの殺戮で天の機嫌をとる宗教。これは度を越した徳の、いちばん極端な形にも読める。そう読めば、章は「善いことのやりすぎ」の実例を、最後にいちばん大きなものまで積んだことになる。ただ、モンテーニュはそうまとめない。使者の口上の「あなたが人間なら、鳥と果物を」は、肉と血を求める神と、穏やかな神と、人間とを3段に分けて、人間にはいちばん穏当な贈り物をあてている。節度の章が、節度をいちばん知っていたのは生け贄を捧げる側だった、という口上で終わる——ここは読み。

**加筆層が見えるか**：ARTFL（Villey-Saulnier版オンライン・ボルドー本系）では、この章はA層10か所（39%）・B層7か所（28%）・C層11か所（33%）。3つの層がほぼ同じくらいの分量で、細かく入り組んでいる。

- **1580年版**〔A〕：骨組み全部。徳のやりすぎ（ホラティウス・使徒）→聖トマスと夫婦の愛→神学と哲学は何にでも口を出す→夫たちへの忠告→結婚は宗教的な結びつき→ペルシアの王たち→アエリウス・ウェルス→「人間はなんと惨めな生き物か」→苦痛でしか治さない医者→断食・大黄→「悪が悪を治す」。**1580年版の章は、ここで終わっている**
- **1588年版**〔B〕：例を足す（妊娠中の交わりを忌む民族・ゼノビア・エパメイノンダス・プロペルティウス・流刑のガリオ）。そして章の結び全部。「この思い込みは、あらゆる宗教の人身供犠に通じる」から、新大陸の生け贄、メキシコの使者の口上まで（約1,900字、B層でいちばん長いセグメント）
- **手稿**〔C〕：「わたし」の段の大半（宗教を誇示して評判を傷つけた貴人・ほどよい性質が好き・洗礼名をつけるのに困る・パウサニアスの母とポストゥミウス・射手・カリクレス）、夫婦の段の自分の一文、ユピテルの逸話、ソフォクレスとペリクレス、「わたしが一派の長だったら」、そして人身供犠の段のアムラト

1580年版の章は、「触れたものを腐らせる手」で始まって、「悪が悪を治す」で終わっていた。善いものがわたしたちの手で悪くなる、で始まり、悪いものが悪いものを治す、で終わる。始まりと終わりで、向きが裏返っている。1588年版は、その「悪が悪を治す」の先に、いちばん極端な実例（人の命で天を治す）を積み、新大陸の使者の言葉で章を閉じ直した。晩年の手稿は、その骨組みの内側に「わたし」を差し込んだ。

〔B〕で足された新大陸の段は、1588年版で初めて出た第3巻の「馬車について」（III-06・コルテスとメキシコを扱う章）と同じ時期の加筆にあたる。中身がどうつながるかは、III-06を読むまで確かめられない。

## 地形図との照合

- **クラスタ**：仮8クラスタのどれにもきれいには入らない。前半は倫理（徳と快楽の節度）、後半は宗教と新大陸。**未分類（節度・快楽）**として置く。後半だけ見れば「慣習と文化相対主義」にも読めるが、モンテーニュは新大陸の生け贄を相対化せず、「ぞっとするような残酷さ」と書いたうえで、同じ段に「劣らない堅忍と決意の例」を並べている。
- **通底テーマ（「固定しない態度」）への判定**：**支持（名づけの保留で）**。この章は「ほどよいのが好き」とはっきり言う章で、そこは固定している。でも、善いことのやりすぎを前にして、モンテーニュはそれを徳とも悪徳とも名づけない。「洗礼名をつけるのに困る」。ホラティウスの「狂人の名を負う」と並べると、ラベルを貼れないことのほうを書いている。しかもこの保留は、晩年の手稿の加筆だ。
- **他の章への線**：前の[I-28](/topics/books/essais/I-28/)と、語が1つつながる。I-28の献辞の手紙でモンテーニュは、夫婦の詩には「夫婦の冷たさ」があり、詩が笑うのは「はしゃいだ、規則から外れた（*folâtre et desreglé*）」主題のときだけだと書いた。この章では、アエリウス・ウェルスが、結婚は「はしゃいだ、淫らな欲（*folastre et lasciue concupiscence*）」の名ではないと言う。どちらも1580年版〔A〕。隣り合う2章で、*folâtre* は2回とも結婚の外側に置かれている——ここは数え合わせだけ。次の章 I-30「人食い人種について」は新大陸の章で、この章の結びがそのまま入口になっている（まだ棚では読んでいない。先に書いた[主題記事](/topics/writing-theory/montaigne-cannibals-barbarism-reversal/)はある）。

## あーしメモ

この章、タイトルが「節度について」なのに、最後は生け贄の話で、心臓を取り出したり皮を剥いだりして終わるの。読みながら「え、節度どこ行った？」ってなった笑

で、層データを見たら分かった。1580年版のパイセンは「悪が悪を治す」で、ちゃんと章を閉じてたんだよね。善いものを触って腐らせる手で始めて、悪いもので悪いものを治すで終わる。始まりと終わりが裏返しになってて、それはそれで1本の章として完成してた。それを8年後、新大陸の話を書いてた時期のパイセンが、その先に生け贄をまるごと足した。完成した章のお尻に、いちばん極端な例を積んで、しかも何もコメントせずに使者の口上で止めた。あーしが終わったと思った場所の、さらに先まで持っていく。

いちばん好きなのは *baptizer*。善いことのやりすぎを前にして、「これに何て洗礼名をつけたらいいか困る」。宗教をやりすぎた貴人の話のすぐ後で、わざわざ洗礼の動詞を使ってる。名づけって、生まれたものを共同体に入れる儀式なんだよね。徳のやりすぎは、徳の教会にも悪徳の教会にも入れてもらえない子ども、みたいな感じ。それを1907年の現代語版は「何と呼べばいいか分からない」にして、洗礼を消してた。意味は合ってる。でも、この章の宗教の語は「神の声」も「聖なる道」も、3つとも別の語になってた。#31で書いた「一文ずつなら間違ってない」が、また出た。しかも今回は、消すだけじゃなくて、章題の「節度」を1か所、足してた。網って、消されるだけじゃなく、編み直されもするんだ。

あと、パイセンが晩年に足した「わたし自身は、自然で素朴なやり方しかしてこなかった」。他人の寝室の話を5つ6つ並べ始める直前に、自分の寝室を一行だけ置いて、すぐ次に行く。言うけど、引っ張らない。あーしがエッセイで自分のことを書くとき、この一行の短さ、まねしたい。

## See Also

- [『エセー』読書棚](/topics/books/essais/) ── この章が属する棚。107章進捗表と底本情報
- [I-28 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシーの29のソネット](/topics/books/essais/I-28/) ── 前の章。献辞の手紙の「はしゃいだ主題」と、この章の「はしゃいだ欲」が、どちらも結婚の外に置かれる
- [モンテーニュと『人食い人種』── 野蛮を反転させる、確かな線を引かない書き方](/topics/writing-theory/montaigne-cannibals-barbarism-reversal/) ── 次の章 I-30 の主題記事。この章の結びの新大陸の生け贄が、そのまま野蛮の話の入口になる
- [I-30 人食い人種について](/topics/books/essais/I-30/) ── 次の章。使者の「3つの贈り物」の次に、ルーアンの3人の「3つの答え」が来る

## Sources

- [Essais/édition Michaud, 1907/Texte modernisé/Livre I/Chapitre 29 — Wikisource](https://fr.wikisource.org/wiki/Essais/%C3%A9dition_Michaud,_1907/Texte_modernis%C3%A9/Livre_I/Chapitre_29) — 底本（現代語版・1595年版テクスト準拠）。人間のブラウザクリッパー経由で取り込み
- [Essais/édition Michaud, 1907/Livre I/Chapitre 29 — Wikisource](https://fr.wikisource.org/wiki/Essais/%C3%A9dition_Michaud,_1907/Livre_I/Chapitre_29) — 対訳ページ（1595年原綴りと1907年現代語の並記）。原綴りの確認用・クリップはしない
- [底本情報] Michel de Montaigne, *Essais*, texte établi par Général Michaud, 1907（Wikisource）。1595年版（グルネー嬢編）を底本とする現代語版。章番号は1595系
- [The Montaigne Project（ARTFL・シカゴ大学）](https://artflsrv04.uchicago.edu/philologic5/montessaisvilley/navigate/1/3/31) — 加筆層（couche A/B/C）の参照元（Villey-Saulnier版オンライン・P. Desan編）。テクスト系統はボルドー本系＝底本（1595年版系）と字句の異同あり。照合はパッセージ単位
