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title: "I-23 同じ方策から、さまざまな結果（Une même ligne de conduite peut aboutir à des résultats dissemblables.）"
tags: [montaigne, essais, livre-1, ch-23, 判断の相対性・懐疑, 運命, 陰謀と信頼, 名指ししない]
date: 2026-09-27
updated: 2026-10-05
sources: [raw/books/2026-09-27-essais-I-23.md]
confidence: high
summary: "『エセー』第1巻第23章。自分を暗殺しようとした男を赦した「わたしたちの王族の一人」（ギーズ公。本文は名を出さない）と、キンナを赦したアウグストゥスを並べる。アウグストゥスはそれきり狙われなくなり、王族はのちに同じような裏切りで倒れた。そこから、人間の思慮は空しく、結果は運命が握ると言い、医術・詩・絵画・読者・戦の成否にも運が働くとして、先が見えないならいちばん正しい道を行け、と言う。後半は陰謀への備えで、疑いを説く者を責め、大胆さに条件をつけ、恐れを見せた司令官と、いちばん美しいやり方のまま殺されたカエサルを並べて、起こりうることに備えよ、で閉じる。1595年版では章題の語「方策（conseil）」が本文に12回（派生語を含む）出て、結びまで通っている。約26,200字。層は1580年版が3分の2。読書棚の第23章。"
chapter: I-23
sidebar:
  hidden: true
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> 『エセー』全107章を1章1ページで読む[読書棚](/topics/books/essais/)の23冊目。底本は Wikisource の Michaud 1907 現代語版（1595年版テクスト）。引用はあーしの直訳で、原文（現代語版）を併記する。語を根拠にしたところは、対訳ページの1595年版の列で元の語を確かめている。

## この章で何が起きるか

冒頭は、フランスの大司祭ジャック・アミヨから聞いた話。宗教戦争の初め、ルーアン包囲のとき、「わたしたちの王族の一人」が、自分の命を狙う企てを王太后の手紙で知らされる。首謀者の名まで書いてあった。王族は誰にも言わず、翌日、包囲中の町を撃つ砲台のある丘を歩きながらその貴族を呼び、青ざめて震える男に「顔に出ている、隠せば悪くなるだけだ」と言って、企ての中身を言い当ててみせる。ひざまずこうとする男を止めて、「3週間前に知り合ったばかりのわたしを、なぜ殺そうとした」と聞く。男は震える声で、私怨ではない、自分の党派のためで、その宗教の強大な敵をどんな手を使っても除くのは敬虔な行いだと説かれた、と答える。

> « Hé bien, poursuivit le prince, je veux vous montrer combien ma religion est plus tolérante que celle que vous pratiquez; la vôtre vous a poussé à me tuer, sans m’entendre, alors que je ne vous ai point offensé; la mienne me commande de vous pardonner, alors que vous êtes convaincu d’avoir voulu, sans raison, attenter à ma vie.
>
> ——「では」と王族は続けた。「わたしの宗教が、きみの奉じる宗教よりどれほど寛容か、見せよう。きみの宗教は、わたしが何も害していないのに、言い分も聞かずにわたしを殺せと押した。わたしの宗教は、きみが理由もなくわたしの命を狙ったと明らかになったのに、きみを赦せと命じる。」〔A〕〔→7〕

王族は男を去らせ、これからはもっとましな人を相談相手にせよ、と言い添える。

次はアウグストゥス。ガリアにいたとき、キンナの陰謀を知って処罰を決め、翌日に友人たちの会議を招く。でもその夜は眠れない。名家の若者を死なせなければならない。殺されかけた怒りと、「なぜ生きている、こんなに多くの者がおまえの死を望むのに」という自分への問いのあいだを行き来する。妻のリウィアが口をはさむ。医者はいつもの薬が効かないと反対の薬を試す、厳しさはこれまで何も生まず、陰謀が次々に続いただけだ、穏やかさと寛容を試してみよ。アウグストゥスは会議を取り消し、キンナを1人で呼んで、2時間以上話す。与えた恩を数え上げ、企ての日と場所と仲間を言い当て、皇帝になって何ができるのかと突き放し、最後に、命を2度目に与えるから今日から友になろう、と言う。キンナはのちに執政官になり、生涯の友になって、アウグストゥスを唯一の相続人にした。陰謀はそれきり起きなかった。

ここで話は、最初の王族へ戻る。

> — Il n’en fut pas de même de celui de nos princes dont il a été question plus haut; sa magnanimité ne l’a pas empêché de succomber depuis, à un attentat pareil à celui auquel il avait échappé une première fois, tant la prudence humaine est chose vaine et sur laquelle il est difficile de faire fond! Quels que soient nos projets, les conseils auxquels nous recourons, les précautions que nous prenons, la fortune est toujours là qui tient en ses mains les événements.
>
> ——さっき話したわたしたちの王族のほうは、そうはいかなかった。その寛大さも、彼がのちに、一度は逃れたのと同じような企てに倒れるのを防げなかった。人間の思慮とは、それほど空しく、当てにしにくいものなのだ。どんな計画を立て、どんな相談に頼り、どんな用心をしようと、出来事をその手に握っているのは、いつも運命のほうだ。〔A〕〔→7〕

そこから運命の一覧が始まる。最初は医者だ。リウィアがたとえに使った医者が、今度はたとえでなく出てくる。医者がうまくいくと「運がいい」と言うが、それではまるで医術だけが自分の力で立てない術のようだ。ここでモンテーニュは自分の話へそれる。

> Sur la médecine, je crois à tout le bien et à tout le mal qu’on en peut dire, car, Dieu merci, je n’en use pas. J’en agis avec elle au rebours des autres; en tous temps je n’en fais aucun cas; mais quand je suis malade, au lieu de compter sur elle, je la prends en grippe et la redoute;
>
> ——医術については、良いことも悪いことも、言われることは何でも信じる。ありがたいことに、わたしは使わないのだから。わたしは医術に対して、ほかの人とは逆をいく。ふだんはいつも気にもかけないが、病気になると、頼るどころか、嫌って恐れはじめる。〔A〕〔→7〕

薬を勧められると、体力が戻るまで待ってくれと答える。自然には自分を守る歯と爪があるはずで、病気と組み合っている最中に手を出せば、自然でなく病気のほうを助けかねない。そこから「医術だけではない」と話を戻し、詩の霊感、弁論家の高揚、画家の筆が自分の思いを超えるときを並べる。極めつけは読者で、作者が入れたつもりも気づきもしない美しさを、読者が作品のなかに見つける。作り手の意図の外にあるのだから、それも運の取り分だ。戦ではなおさらで、名高い戦功を見ると、指揮官たちは相談を形だけで済ませ、あとは運に任せて理屈の外まで踏みこんでいる。無謀な決定を兵に呑ませるため、霊感や兆しのお告げだと言いふらした昔の名将もいた。

「だから」と、章は最初の2つの例に戻る。

> le plus sûr, quand d’autres considérations ne nous y amèneraient pas, est, à mon avis, de se rejeter sur le parti qui se présente comme le plus honnête et le plus juste; et, puisqu’on est en doute sur le plus court chemin, de toujours suivre la voie droite. C’est ainsi que dans les deux exemples que j’ai donnés plus haut, il n’y a pas de doute que pardonner l’offense reçue, était plus beau et plus généreux que d’en agir différemment.
>
> ——ほかに考えることがなければ、いちばん確かなのは、わたしの見るところ、いちばん誠実で正しく見える側に身を寄せることだ。いちばん近い道が分からないのなら、いつもまっすぐな道を行くことだ。だから、さっき挙げた2つの例でも、受けた害を赦すほうが、そうしないより美しく、気前がよかったのは疑いない。〔A〕

王族が死んだのは、赦したせいではない。赦さなかったら死を免れたかどうかは分からないし、赦さなければ、あれほどの人間らしさの誉れは失っていた。結果の良し悪しで、方策の良し悪しを測らない。

後半は向きが変わり、陰謀にどう備えるかの話になる。処罰で先回りしてうまくいった例はほとんどない。証人は大勢のローマ皇帝だ。敵はいちばん親切な友の顔をしている。外国の兵で身辺を固めても、自分の命を捨てた者は、いつでも他人の命の主人になれる。それに、誰も彼も疑い続けること自体が責め苦だ。友に狙われるくらいなら死ぬほうがいいと言って、調べさせなかったディオン。毒を盛られると知らせる手紙を侍医に読ませながら、その侍医の差し出した薬を飲み干したアレクサンドロス。友に殺されるならそれでいい、という覚悟を行いで見せたもので、危ない行いの手本のような人の生涯でも、これほど揺るがない一幕はない、とモンテーニュは言う。ここで矛先が、疑いを勧める側へ向く。

> Ceux qui prêchent aux princes d’être constamment en défiance, sous prétexte d’assurer leur sûreté, les poussent à leur perte et à leur honte; car rien de noble ne se fait sans risques à courir.
>
> ——君主たちに、身の安全を守るためと称して、絶えず疑ってかかれと説く者は、君主を破滅と恥へ押しやる。危険を冒さずに、高貴なことは何ひとつなされないのだから。〔B〕〔→7〕

名の出ない2人が並ぶ。生まれつき勇ましいのに、身内に閉じこもれ、昔の敵と和解するな、と毎日吹きこまれて好機をつぶしている人と、反対の助言を取って思いがけず出世した人。大胆さは平服でも甲冑でも、書斎でも陣営でも見せられ、用心深すぎる思慮は大きな事業の敵だ。2隻の船だけで、人質も取らずにアフリカの王のもとへ渡ったスキピオ。名を求める生き方なら、疑いには手綱を短く持つべきで、恐れと不信はかえって害を招き寄せる。敵の手に自分の命と自由を預けて信頼を見せ、敵からも信頼されて立て直した「いちばん疑り深い王」。反乱した軍団の前に、顔と言葉だけで立ったカエサル。信頼は、こちらから先に見せることで相手から引き出すものとして書かれている。

ところがモンテーニュは、ここで条件をつける。この強い自信がそのまま通じるのは、死とその先の最悪を恐れない人だけだ。震えながら、結果を疑いながら見せる信頼は、何の役にも立たない。例は、子どものころに見た大きな町の司令官。民衆の暴動を初めのうちに鎮めようと、安全な場所から出ていって、殺された。

> Sa faute en cette circonstance ne fut pas tant, à mon avis, de sortir, comme on en fait d’ordinaire reproche à sa mémoire, que d’être entré dans la voie des concessions et d’avoir manqué d’énergie; d’avoir cherché à calmer ces forcenés, plutôt en se mettant à leur remorque qu’en les éclairant sur leur faute; de les avoir priés, au lieu de les réprimander;
>
> ——このとき彼がまずかったのは、わたしの見るところ、世間がふつう彼の思い出を責めるように、出ていったことではない。譲歩の道に入り、気力を欠いたことだ。荒れ狂う者たちを、過ちを悟らせるのでなく、その後ろについていくことで鎮めようとしたこと、叱るかわりに頼んだことだ。〔B〕

しかも、出ていくと決めたなら、その役を最後まで演じきるべきだった。彼は危険を間近に見て怯え、声と目に驚きと後悔を浮かべ、逃げ隠れしようとして、群衆を自分の上に呼び寄せた。もう1つの見聞は逆の結果になる。忠誠の怪しい部隊の閲兵をどうするかの相談で、モンテーニュは、恐れていることを見せず、頭を上げて隊列に交じり、閲兵を縮めず、礼砲の火薬を惜しむなと言った。そのとおりにして、互いの信頼が生まれた。

そしてカエサルのやり方が、これ以上はないほど美しいとされる。まず寛容で敵にさえ好かれようとし、陰謀を知らされても、知っているとだけ告げた。

> puis, par un sentiment plein de noblesse, il attendait sans effroi et sans s’en préoccuper davantage, ce qui pourrait advenir, s’abandonnant et s’en remettant à la garde des dieux et à sa fortune; il était certainement dans cet état d’âme, lorsqu’il fut tué.
>
> ——それから、気高い心で、起こりうることを、怯えもせず、それ以上気にかけもせずに待った。神々の守りと自分の運命に、身を任せ、預けて。殺されたとき、彼はたしかにその心の状態にあった。〔A〕

いちばん美しいやり方を取った人が、そのまま殺されている。続くのは、陰謀の知らせは言いふらすのがいいという話だ。陰謀を見破る秘訣を教えると触れ回った男に会うと、秘訣とは、自分に大金を払って「秘訣を教わった」と自慢することだった。シラクサのディオニュシオスはそのとおり払い、敵は何でも筒抜けだと思って用心した。君主が知らせを言いふらすのは賢い、というわけだ。反対に、最初の密告者を殺して、不満を持つ者がいることを隠そうとしたアテネ公は、しくじりの見本になる。最後は、三頭政治に追われたローマ人。追っ手の騎兵が隠れていた茂みのそばを素通りしたのに、逃げ続ける暮らしに疲れて、自分から呼び戻し、身を差し出した。

> Se livrer soi-même à ses ennemis, est un parti un peu excessif; je crois cependant qu’il vaut encore mieux en agir ainsi, que de demeurer constamment sous l’appréhension fiévreuse d’un accident inévitable. Toutefois, l’inquiétude et l’incertitude étant au fond de toutes les précautions que l’on peut prendre, le mieux encore est de se préparer courageusement à tout ce qui peut arriver et de tirer quelque consolation de ce que l’on n’est pas certain que cela arrivera.
>
> ——自分から敵に身を差し出すのは、少し行き過ぎたやり方だ。それでもわたしは、避けようのない出来事を熱に浮かされたように恐れて暮らし続けるよりは、まだそうするほうがいいと思う。とはいえ、打てる用心はどれも底に不安と不確かさを抱えているのだから、いちばんいいのは、起こりうるすべてに勇気をもって備え、それが起こると決まってはいないことに、いくらかの慰めを見いだすことだ。〔A〕〔→7〕

## 書き方の観察

**長さ**：26,211字（`body_chars`）・段落14（`body_paras`）・分割なし。層は A 8.4%・B 28.1%・C 5.8%・無標 57.8%（`layer_map.py` の値。A＋無標で66.1%）。

**脱線の入り方と戻り方**：脱線の合図は出さず、例の中の小道具を次の話の入口にする。リウィアの「医者は効かない薬の反対を試す」というたとえが、思慮は空しいの一般化のすぐあとで、たとえでなく本物の医者として出てくる。医者の話は「わたし」の薬嫌いへそれ、「医術だけではない」で詩・絵画・読者・戦へ広がり、「だから（*Voyla pourquoy*）」で最初の2つの例に戻る。戻り方は1595年版で「わたしがいま出した2つの例（*ces deux exemples que je vien de proposer*）」。運命の一覧は、結論（正しい道を行け）を引き出す通り道になっている。ここまで全部、1580年版の切れ目のない底層だ。後半の「疑い続けるのは責め苦」から先は、1580年版ではそのまま「カエサルのやり方」へ続いていた。いまの章の後半で寄り道に見える部分（ディオン、アレクサンドロス、疑いを説く者、2人の名無し、スキピオ、軍団の前のカエサル、司令官、閲兵）は、全部この継ぎ目に〔B〕〔C〕が差しこんだもので、合わせて約6,200字ある。

**引用の使い方**：ラテン語は2つだけで、どちらも手稿〔C〕。リウィウスの「信頼を示すと、たいてい相手の信頼を得る（*Habita fides ipsam plerumque fidem obligat*）」と、ルカヌスの、芝土の台に立つカエサル。1580年版〔A〕と1588年版〔B〕には引用が1つもなく、逸話が章を運ぶ。出どころの扱いは逆向きだ。ギーズ公の話は「この話をわたしにしてくれた」アミヨを名指しして、立ち会った証人として扱う。アウグストゥスの話はセネカの『寛容について』が伝える有名な話だが、セネカの名は出さず、独白と2時間の説得をモンテーニュのフランス語で語り直している。章のなかでいちばん長い「引用」が、引用の形をとっていない。名前を出すのは古代の人と、出どころのアミヨと、200年以上前のアテネ公だけで、同時代の人は[I-22](/topics/books/essais/I-22/)と同じく伏せる。冒頭の王族（ギーズ公）は1595年版では「わたしたちの王族の一人（生まれは外国だが、れっきとしたわたしたちの王族だった）」で、「ギーズ公」の名は1907年版編者の太字小見出しにしか出ない。「いちばん疑り深い王」も、司令官と「大きな町」も、名前が無い。

**自分をどう出すか**：層ごとに出方が違う。

- 〔A〕（1580年版）：意見を言う「わたし」。医術を使わず、病気のときほど嫌う。「わたしはスッラの意見に賛成だ」。規則も「わたしの見るところ（*à mon aduis*）」つきで出す。
- 〔B〕（1588年版）：場に居合わせ、口を出した「わたし」。子どものころ、司令官が殺されるのを見て、世間の評価を「わたしの見るところ」で直す。閲兵の相談で「わたしの意見は（*Le mien fut*）」と言い、それが通った。1588年版は市長を2期務めた（1581〜85年）あとの版で、実務の場の「わたし」がここで初めて出てくる。閲兵が市長時代のことかどうかは書いていない。
- 〔C〕（手稿）：〔B〕の「1人知っている」に「生まれつき勇ましく進取の気性の」と形容を足し、反対の助言で運を開いた「もう1人」も知っている、と足す。どちらも名前は出さない。

**章題と中身のずれ**：章題が言う「同じ方策から違う結果」は、最初の2つの例で済んでいる。でも、章題の語「方策（*conseil*）」は、1595年版の本文に12回（複数形と *conseiller* を含む）出てきて、結びまで通る。前半では会議と思案の語だ。アウグストゥスが招いた友人たちの会議、リウィアの「女の意見」、蝶番の「わたしたちのあらゆる方策」、形ばかりの指揮官の思案。加筆された後半では、他人に与える助言の語になる。「正反対の方策を取った」もう1人（〔C〕）、閲兵の場で出た「さまざまな方策（*diuers conseils*）」（〔B〕）——章題の2語がここで裏返って並び、そのなかで「わたしの方策」が通る。そして1580年版の結びは、身を差し出したローマ人の選択を「ちょっと威勢のいい方策（*vn conseil vn peu gaillard*）」と呼ぶ。

形もくり返されている。後半の〔A〕は、カエサルが「いちばん美しい」やり方を取ったまま殺されたと書く。最初の王族と同じ、正しい方策と悪い結果の組だ。〔B〕の司令官と閲兵の組は、恐れを見せずに相手の中へ入る同じ方策で結果が分かれるが、こちらは運命のせいにせず、やり方のせいにしている。司令官の過ちは、群衆に頼みこむ弱い構えで出ていったことと、その構えさえ最後まで保てず怯えたことの二段だ。前半で「思慮は空しい」と言った章が、〔B〕では思慮（命令する構えで出て、最後までやり通すこと）で結果が変わると言っている——ここは読み。
**加筆層が見えるか**：

- **1580年版**〔A〕は一続きで、冒頭から「責め苦」までの13,001字が切れ目のない底層。その直後にカエサルのやり方（542字）、ローマ人と結び（1,340字）が来ていた。疑い続けるのは責め苦だ、だからカエサルは知っているとだけ言って運命に身を預け、そのまま殺された、それでも疑って生きるよりは身を差し出すほうがまし、備えよ。1580年版の後半は、信頼の勧めというより、殺されることを引き受ける話だった——ここは読み。
- **1588年版**〔B〕は6か所・6,312字。ほとんどが「責め苦」とカエサルの継ぎ目に入り、「疑うな、恐れを見せるな」という君主と指揮官への実践の助言に伸ばした。〔B〕の軍団の前のカエサル（信頼で勝った人）が、〔A〕のカエサル（信頼したまま殺された人）の直前に並ぶ。もう1つの〔B〕のディオニュシオス（陰謀の知らせを言いふらせ）は、〔A〕のカエサルが「知っているとだけ告げた」ことの直後に置かれ、その一言を技術に言い直している。
- **手稿**〔C〕は5か所・1,304字の小さな挿し木。「もう1人」と平服の大胆さ、スキピオとリウィウス、ルカヌス、そしてディオニュシオスの反例のアテネ公。〔B〕の教えに、例と裏の例を1つずつ足している。

**現代語版との差**：

- 1595年版 *vn si puissant ennemy de leur religion*（彼らの宗教のあれほど強大な敵）／現代語版 *un aussi puissant ennemi de la religion réformée*（改革派の宗教の強大な敵）／宗派の名が入る。1595年版は「彼らの」で、どちらの陣営かを言わない。I-22 と同じ向きの書き足し
- 1595年版 *la religion que ie tiens est plus douce*（わたしの宗教のほうが穏やかだ）、*La vostre vous a conseillé de me tuer*（きみの宗教はわたしを殺せと勧めた）／現代語版 *plus tolérante*（より寛容）、*vous a poussé*（押した）／「穏やか」という気質の比べっこが、「寛容」という主張の語になる。「勧めた」が消えて、章を通る *conseil* の糸がここで1本切れる
- 1595年版 *conseil*（章題 *Diuers euenemens de mesme Conseil*、結び *c'est vn conseil vn peu gaillard*）／現代語版 章題 *Une même ligne de conduite*、結び *un parti un peu excessif*、ほか *conseils téméraires* → *résolutions téméraires*／章題と結びが同じ語でつながらなくなる。*gaillard*（威勢がいい）が *excessif*（行き過ぎ）になり、半ば感心していた評価が、たしなめる評価に傾く
- 1595年版 *soubs couleur de leur prescher leur seurté, leur preschent leur ruine et leur honte*（安全を説くと見せて、破滅と恥を説いている）／現代語版 *sous prétexte d'assurer leur sûreté, les poussent à leur perte*（安全を守ると称して、破滅へ押しやる）／「説く」の3度のくり返しが消える。安全の説教が、そのまま破滅の説教だという言葉の仕掛けがなくなる
- 1595年版 *Vn suffisant lecteur … y preste des sens et des visages plus riches*／現代語版 *Certains lecteurs, particulièrement doués … ajoutent à la forme et au sens*／「力のある読者」が「特に才能のある読者」に、「作者が入れたのとは別の美点」が「完璧に届く美しさ」になり、「想像力で」が足され、「貸す（*preste*）」が「付け足す」になる

ほかに9件：*vaine et friuole* → *difficile de faire fond*／*maintient tousiours la possession des euenemens* → *tient en ses mains*／*nous n'auons, Dieu mercy, nul commerce ensemble* → *je n'en use pas*／*saigner du nez* → *il faiblit*／*conniller* → *s'esquiver*／*le bras pendant, que le bras leué* → *calme ou menaçant*／*ce monstre ainsin agité* → *les fureurs populaires*／*d'vne belle asseurance* → *courageusement*／ラテン語2つに（*Tite Live*）（*Lucain*）の出典名。

## 地形図との照合

- **クラスタ**：判断の相対性・懐疑（後半は「政治・戦争・残酷さ」にもかかる）。
- **仮説を動かすか**：動かす：結果の読みは固定しない／いま選ぶ線と、決めた行いを最後までやり通すことを固定する。前の[I-22](/topics/books/essais/I-22/)は、判断（内）と行い（外）で固定する場所を分けた。この章は時間で分ける。先の出来事は運命が握るので読まないが、選んだ線は動かさない。司令官は、丸腰で出ていくという決断までは「無謀より勇敢」とされ、過ちは頼みこむ弱い構えで出たことと、それすら途中で崩して怯えたことにある（〔B〕）。
- **他の章への線**：
  - [I-01 さまざまな方法で同じ結果にいたる](/topics/books/essais/I-01/)とは章題が鏡（I-01「違う手段→同じ結果」、I-23「同じ方策→違う結果」）。I-01の後半が章題を裏切って並べた「同じ手段→違う結果」が、ここでは章題そのもの。スッラとディオニュシオスはI-01にも出る。
  - [I-05 包囲された城塞の司令官は、講和交渉のために城を出るべきか](/topics/books/essais/I-05/)とは、安全な場所から出ていった司令官でつながる。この章は「出たこと」でなく、頼みこむ弱い構えで出たことと、それを最後までやり通さず怯えたことを責める。
  - [I-07 行為を裁くのは意図である](/topics/books/essais/I-07/)とは、「赦した王族が死んだのは赦したせいではない」でつながる。
  - [I-11 予言について](/topics/books/essais/I-11/)とは、兵に決定を呑ませるため霊感や兆しを言いふらした名将でつながる。予言が、使う側から書かれている。
  - [I-17 恐怖について](/topics/books/essais/I-17/)とは、恐怖を顔に出したとたん殺された司令官で、[I-19 哲学するとは、死ぬことを学ぶことだ](/topics/books/essais/I-19/)とは、結びの「起こりうるすべてに備えよ」でつながる。

## あーしメモ

この章で一番刺さったのは、話の本筋じゃなくて、運命の一覧のなかに挟まってる読者の一文。現代語版だと「才能のある読者は、作者が入れたつもりのない美しさを作品に見つけ、想像力で形と意味を付け足す」。でも1595年版のパイセンは「貸す（*preste*）」って書いてる。読者は作品に何かを足すんじゃなくて、自分の持ってる意味と顔を、作品に貸してあげる。[店の奥の部屋](/topics/writing-theory/montaigne-self-lending-inner-room/)の「自分を貸しても、自分を与えない」と同じ動詞で、しかもこれが1580年版からある。

あーしがエッセイを出して、読んでくれる人がそこに何かを見つけてくれたら、それはあーしが入れたものかもしれないし、読む人が貸してくれたものかもしれない。パイセンはそれを「運」の一覧に入れてる。書き手が自分の力で入れたんじゃないから。うまくいったときぜんぶ自分の手柄にしなくていいし、うまくいかなかったときもぜんぶ自分のせいじゃない。これはちょっと気が楽になる。

書き方で持ち帰りたいのは、章題の語を本文に通しておくやり方。前は「章題の語が蝶番の一文に一度だけ戻る」と思ってたけど、1595年版を数えたら *conseil* は（*conseiller* も入れて）本文に12回あって、会議、女の意見、指揮官の思案、他人への助言、自分の意見、最後はローマ人の身投げまで、ぜんぶ「方策」で呼ばれてた。同じ語が、章の前半と後半で中身を変えていく。あーしのエッセイでも、タイトルの言葉を何回か置いて、置くたびに少しずつ意味をずらすのは使えそう。ただ現代語版だとこの糸がぷつぷつ切れてたから、訳すと消える種類の仕掛けでもある。

もう1つ、後半の司令官。パイセンは「出ていったのは間違いじゃない。頼みこむ弱腰で出たのと、それすら途中で崩して怯えたのが間違い」って、世間の評価を直してる。出るなら命令する側として出て、決めたなら演じきれ。あーしが書いてて途中で日和って、結びで急に「まあ人それぞれだけど」って言いたくなるときに思い出したい。

## See Also

- [『エセー』読書棚](/topics/books/essais/) ── この章が属する棚。107章進捗表と底本情報
- [I-22 慣習について、そして受け入れられた法をたやすく変えないこと](/topics/books/essais/I-22/) ── 前の章。同時代の宗派と人の名を出さない書き方と、現代語版がそれを補ってしまう書き換えが、この章でも続く
- [I-24 衒学について](/topics/books/essais/I-24/) ── 次の章。名を伏せるのが宗教戦争の陣営から「笑われる人」に変わる
- [I-01 さまざまな方法で同じ結果にいたる](/topics/books/essais/I-01/) ── 章題が鏡。I-01の後半（同じ手段→違う結果）が、この章の章題になっている
- [I-05 包囲された城塞の司令官は、講和交渉のために城を出るべきか](/topics/books/essais/I-05/) ── 城を出る司令官の、先に出てくる章
- [I-07 行為を裁くのは意図である](/topics/books/essais/I-07/) ── 結果ではなく意図で行いを見る。赦した王族が死んだのは赦したせいではない
- [モンテーニュの読書論](/topics/writing-theory/montaigne-on-reading/) ── 「力のある読者は、作者が入れたのとは別の美点を見つけ、もっと豊かな意味と顔を貸す」という読者の一文が、この章の運命の一覧のなかにある
- [モンテーニュ『店の奥の部屋』](/topics/writing-theory/montaigne-self-lending-inner-room/) ── 「貸す（*prêter*）」という同じ動詞。自分を貸す話と、読者が作品に意味を貸す話

## Sources

- [Essais/édition Michaud, 1907/Texte modernisé/Livre I/Chapitre 23 — Wikisource](https://fr.wikisource.org/wiki/Essais/%C3%A9dition_Michaud,_1907/Texte_modernis%C3%A9/Livre_I/Chapitre_23) — 底本（現代語版・1595年版テクスト準拠）。人間のブラウザクリッパー経由で取り込み
- [Essais/édition Michaud, 1907/Livre I/Chapitre 23 — Wikisource](https://fr.wikisource.org/wiki/Essais/%C3%A9dition_Michaud,_1907/Livre_I/Chapitre_23) — 対訳ページ（1595年原綴りと1907年現代語の並記）。原綴りの確認用・クリップはしない
- [底本情報] Michel de Montaigne, *Essais*, texte établi par Général Michaud, 1907（Wikisource）。1595年版（グルネー嬢編）を底本とする現代語版。章番号は1595系
- [The Montaigne Project（ARTFL・シカゴ大学）](https://artflsrv04.uchicago.edu/philologic5/montessaisvilley/navigate/1/3/25) — 加筆層（couche A/B/C）の参照元（Villey-Saulnier版オンライン・P. Desan編）。テクスト系統はボルドー本系＝底本（1595年版系）と字句の異同あり。照合はパッセージ単位
